南風が 街を抜けて
忘れかけた 夏はめぐる
木陰で眠る 僕らのシャツに
乾いた風と 陽の光
笑いあってる 子供の声が
草の向こうに 響いてる
小さな声で 唄い出すのは
忘れかけてた 夏の楽園
特に大きな 悩みはなくて
ちょっとゆっくり 息をする
年に何度も ない青空は
僕らにくれた プレゼント
何かが終わり 何かが生まれ
そして地球は まわってる
-written by Kuro & Kyozo (1993)
<西岡恭蔵 1948/5/7-1999/4/3>
*「夏の楽園1993」/企画書
心地良い南風(ナンプウ)。1993年6月1日。
乾いた風と陽の光。悩みはなく、樹々は夏を唄う。草は伸び、猫達は木陰で惰眠を貪る。
クルマよりは自転車、そして海へ行こう。子供達は走り回って汗をかき、ゴクゴクと水を飲む。
こんな気持ちのいい日は一年に何度もない。こんな日には長良川の川原に寝転がっていたい。働くにはもったいない天気だ。
-(中略)-
環境、エネルギー、情報化社会、人工の爆発、農業の未来、都会、そしてヒトのココロ。あらゆる事を唄うために言葉はあり、この世界のあらゆる事を感ずるためにメロディがある。
-(中略)-
この素晴らしい一瞬を忘れないために、旅と生活と僕ら自身の事を唄い続けていくために「夏の楽園」というコンサートを考えています。
人の数だけの考え方があり、人の数だけのやり方があります。僕らはそれぞれの感じ方で気持ち良く暮らし、それぞれの聴き方で音楽を聴いています。それぞれの参加の仕方でこの「夏の楽園」を楽しんでください。
-by M. Tosaki (1993/6/10)