2011年2月26日土曜日

Tom Wolk:musician として生きていけるのはなんてかっこいいんだろう

ひさびさに NHK-FM の「ミュージック・プラザ・木曜」を聞いた。たまたまクルマに乗っていて、たまたま聞いた。たまたまホール&オーツの特集で、Tom "T-Bone" Wolk が、去年の2月に亡くなったことを知った。

ぼくにとっては、カーリー・サイモンのライブでベースを弾いていた人として記憶されている。58才だったそうだ。

ほとんどステージに立ったことのないカーリー・サイモンが、そのころ住んでいたマーサズ・ヴィンヤード島の海岸でやったフリー・コンサート(?)の様子を収めたCDは「Greatest hits live」(1987。最初は "Coming around again" というタイトルだったと思う)というアルバムになっている。ビデオも出ていて(ぼくが持っていたのはいまはなきレーザーディスクだったが)、なぜか正月になると見たくなるという代物だった。

そのバンドのバンマスでアレンジャーで、アルバムのプロデューサーでもあった T-Bone Wolk は、ムチャクチャかっこよかった。ときどきアコーディオンも弾いた。
カーリー・サイモンのほかに、もちろんホール&オーツやエルヴィス・コステロ、 それに"Saturday night live" のハウスバンドもやっていたようだ。

彼のサイトに行くと、たくさんの写真があらわれて、彼が弾いているように思えるギター演奏が聞こえる。musician として生き、musician として逝くのは、なんてかっこいいんだろうって、勝手な思いにとらわれる。

ぼくのiPod nano には、Carly Simon greatest hits live も入っている。
だけどねー、80年代の音だよー。nano の中の他の曲と、とっても違和感あり。
今思うと、あれホントにライブ音源だったのかなって、ちょっと疑問。なんだかとってもスタジオの音がしている。
Tom Wolk や、Carly Simon を責める気はないけどさ。

2011年2月22日火曜日

No control:青いトーレス

自分でコントロールできないものについては、考えない。
そんなことを言っていたのはイチロー君だったか。
自分でコントロールできないものに、思いなやんだり、落ちこんだりすることの多いこのごろ。イチロー君のあの、まか不思議な笑顔を思いうかべてみた。

チャンピオンズリーグが再開した。バルサはアーセナルに負けた。ひさびさにバルサのゲームを見たが、見ているだけで頭がしびれてくるようなパス回しに驚愕する。プレミアではパスサッカーをしているアーセナルにできることは、高速カウンターのみ。
でもアーセナルが勝ったのだった。

リバプールには、スアレスとキャロルがやってきて、トーレスが去った。
チェルシーの青いユニフォームを着たトーレスはやはり見たくなかった。

香川がいなくなったとたん、ドルトムントのゲームの中継をしなくなったフジテレビ。だけどぼくにはコントロールできないことだ。

母親の症状は一進一退。ぼくの気持ちも One step up, two steps back。

2011年2月12日土曜日

Unbroken chain:仕事がないのはオレだけじゃなかった。

先日、行政書士会の新入会員が集まる会合に出てみた。正月以来、ほとんど仕事をしていないので、そういう会合に出るのも仕事のうちと考えて出てみた。
集まってきたのは、ほとんど同年代か、少し上の世代(公務員を退職して資格を取った人たち、とか)ばかり。役員さんもたくさん来ていたのだが、彼らのほうが世代的には若い。

新入会員はみんな仕事がないのだった。オレだけじゃなかった。

安心している場合じゃないが。
ポスティングを再開した。継続は力なり。
2,3時間のポスティングで13,000歩くらい歩く。からだにもよい。
母親が病院を行ったり来たりするようになって、ジョギングをしている余裕はなくなった。ウォーキングを兼ねたポスティングだ。

プラス、薪にするための柿の木探し、というのも兼ねている。だけど、薪ストーブの家が増えたのか、タイミングを逸したのか、これといったヤマに出くわしていない。一石三鳥はいうほどやさしくない。

2011年2月3日木曜日

Winterland 1974:70年代の先にあったはずの80年代

あるときふとアマゾンのG・デッド系をながめていると、"Grateful dead movie(DVD)" の中古が格安で出ていた。うむ、これは、今しかないとさっそくゲット。
あらためて、1974年のG・デッドだ。"wall of sound" の維持が次第にバンドの財政を苦しめ、バンドはwinterland でのショー(10月16日から20日)を最後に活動停止を宣言していた。

そのwinterland では、このあと76年11月に "Last waltz" があって、78年大みそかに閉鎖だ。そういう流れの中で、このライブは、まだ「はじまりの終わりがはじまる前」だったのかもしれないと思わせる。
(ロビー・ロバートスンの「ラスト・ワルツ」についてのコメントはたしか「はじまりの終わりのはじまり」だっけか? どっかにビデオテープが転がっているはずだが…)

Winterland は、イメージとしては、むかし岐阜市内にあった「岐阜市民センター」に近いのかもしれないと思う。
ローカルな話題で申し訳ないが、市民センターのアリーナは、ローラースケート場になっていて、そのまわりを客席が取り囲むというアリーナ型式の会場だった。たぶん3000人くらいは入れたのではないのではないか(Winterland は5000人くらい)。
キャロルをやめたあとの矢沢永吉がよくコンサートをやっていたし、プロレスの会場としては最適だった。Fleetwood Mac が "Tusk"ツアーで日本に来たとき、ここでコンサートをやって、確かライブ盤にも収録されていたはず(音はひどかったね)。

映画では、その Winterland のアリーナに仮設舞台を組んで、ビティを建て、スピーカーを積み上げていくシーンも入っていた。何十個もの小さなスピーカーをマウントしたボックスはロープと滑車でつり下げていく。うーん、大変そうだ。

客の背の高さくらいある舞台。客席中央上部に君臨する巨大なミラーボール。舞台の袖で火を吹いている花火職人(バンド公認の火吹き男だ)。舞台に上がって勝手に踊っていると思えるヒッピーのオネエサン。そしてときどき見え隠れする小屋主のビル・グレアム。
おもしろい。これが1974年だ。

70年代と80年代は、どこで、どうやってつながっていたのか。
ぼくの知っている70年代は、ぼくの知っている80年代とぜんぜんつながってないように思えるのは、なぜなんだろうとずっと考えていたけれど、答えがどこかに転がっているわけでもなく、たぶんそういう齟齬感を誰かにうまく伝えることもできずに、ずっと胸の奥の方にかかえたまま、日々を生きていくのだろうななどと考えながら、1974年のデッドのショーを見ることは悪いことではない。

One cat night:今週の歌

朝寝するわれの呼吸と腕に抱く猫の寝息が寸時重なる / 小田部雄次 (今週の朝日歌壇から)

猫の手も借りたいほど寒い日が続く。
わが iPod nano には、"Three dog night" のベストアルバムが入っている。もうとっくに忘れ去られたバンドではあるが、70年代初頭の中学生のころには、よく聞いたバンドではあった。
そのころはエルトン・ジョンだって聞いていたし、レオ・セイヤーも聞いた。文句あっか?

「三犬夜」。寒い夜は三匹の犬と一緒に寝れば、寒くないよ、という話から来ているらしい、ということだけはなんとなく覚えていた。

わがふとんには、一匹の猫がいる。文字通りへばりついて寝ている。「一猫夜」。

2011年2月1日火曜日

And life goes on:そして香川が…

代表が優勝したとたんニュースやバラエティがザックや李を取り上げはじめた。この前までサッカーのことなんて知りませんというような顔をしていたヤツらが、我が物顔でザック・マジックなどと解説をのたまうのを聞くのもうんざりだ。

香川の今シーズン絶望のニュースは、ブンデスリーガへの興味を一気に霧散させるほどの威力だった。長い目で見れば、彼にとってプラスだったと思えるようなことになればいいのだが。
ドルトムントは、香川のポジションにゲッツェが入って大暴れしている。個人には頼らないシステムだから、香川がいなくても、勝ち続けるのだろう。

長友がインテルに移籍して、韓国代表のアジア大会得点王がヴォルフスに来て、どうやらトーレスは期限ぎりぎりでチェルシーに移籍か、というような話でフットボール界隈はあいかわらずの大にぎわいが続く。