2015年3月21日土曜日

「もとクリ」と「いまクリ」:crystal,so what?


34年前には、もちろん読んでいなかった。作者が自分と同じ56年生まれだということは、なんとなく知っていたかもしれない。
そのころ、何を読んでいたのか思い出そうとしたけれど、わからない。
「ガープの世界」に出会うのはもう少しあとだし、ルグィンの一連の本を読むのもちょっとあとのこと。ヴォネッガットはどうだったか?
いずれにしろ、ダブルムラカミ以外の日本の作家はほとんど読んだことがないという気がする。

「もとクリ」は、1980年の「ぼくたちの物語」としては、いまでも有効かと思う。書かれている生活のスタイルを受け入れられるかどうかは別として。
音楽(もちろん洋楽だが)についても、これだけたくさんの注が書かれているとは思わなかった。主人公は「パイドパイパーハウス」の常連だという設定だし。

「いまクリ」は、小説というよりなにか別のもののようだが、うまく規定する言葉は見つからない。作者の「もと政治家」としての言語感覚は、このような文章から生まれているということがよくわかる。

「もと」と「いま」通して、「注」の索引があると、いうことないけど。

「もとクリ」注303:「こういう、キリギリスみたいな人が、戦争でも始まると、率先して戦争讃歌を歌う人になるのです。」
さてこれは誰のことでしょう? 幸いにもそれから「戦争」はなかったので、讃歌もなかった? のかな。
あの人です、「精霊流し」のひとです。

2015年3月16日月曜日

シナリオも書いた:Ray

「レイモンド・カーヴァー 作家としての人生」を読んだ。ふー。
繰り返される移動、各地の大学の創作科(ライティングコース)への参加、朗読会、作家に援助をするシステムについてなど、盛りだくさんの内容だ。

マイケル・チミノの映画のシナリオを書いていた(ドストエフスキーの生涯についての映画だったらしいが、製作まではいかなかった)というのも驚きだった。

たくさんの作家たちの名前が出てくる。
カーヴァーの最初の先生だったジョン・ガードナー、アイオワで飲みともだちだったジョン・チーヴァー、最後まで親しかったトバイアス・ウルフ。
彼らの作品がないか県の図書館で探してみた。
ガードナーの作品はなかった。J・チーヴァーやT・ウルフは、書庫の片隅にうずもれているようだ。今度助けに行くよ。

アマチュア作曲家:GR is here

自治会の役員会に出て、今年度分の手当をもらう。
さっそく本屋でピンチョンの「重力の虹」上巻をゲット。税込4536円。
頼みの綱の県図書館には、旧版(国書刊行会の発行、1993年)しか置いてなくて、ふんぎりがつく。
下巻を買うのはいつのことか。



アルビノーニの作品1「トリオソナタ集」をゲット。
アルビノーニは、宮廷や教会にやとわれることなく音楽を作り続けていた人で、自ら「アマチュア作曲家(正確にはベネチアのディレッタント)」と名乗っていたようだ。
コレルリのトリオソナタ(作品1)が世に出てから、13年後の作品なのでもろコレルリみたいな感じです。
でも、この作品集のアルバムはあまり出ていないようで、検索してもこの Parnassi musici というドイツのグループによる演奏のみ。


2015年3月12日木曜日

はじめてのリクエスト:Morning melody

先日の朝日新聞地方版に作家である奥田英朗の記事があった。奥田は岐阜市出身で、同世代なのだ(59年生まれ)が、岐阜にいたころは「岐阜放送」の洋楽番組の愛聴者だったという。
ほー、と思ったわけです。

わたしは19歳のころまで、岐阜市にいて、中学、高校時代には、家にいる間は、ずっとラジオを聞いていた。寝るときとご飯の時以外は。
特に高校時代は、帰宅部に属し、友だちも彼女もいなかったので、家にいる時間はとても長く、休日ともなると、昼夜逆転の生活で、一日中ラジオかレコードを聞いていた。

でも、岐阜放送は聞いてなかった。中学1年の時に、日本初の民放FMというのが、名古屋にできて、以後基本FM中心に、深夜の時間帯にはAMを聞くというパターンだった。
岐阜放送?ダッセー!、というのがまあなんというか、そういう感じだったよ。

はじめてラジオの番組にリクエストしたのは、なんだったか、風呂の中で考えた。
番組は東海ラジオの早朝番組「モーニング・メロディ」だ。1970年の夏、朝5時からやっていた。中学2年だった。
さて曲はなんだったか?
フランシス・レイの「流れ者」か「雨の訪問者」ではなかったかと、おぼろげな記憶。
違うな。「さらば夏の日」だったんじゃないかな。違うかなあ。
ま、どっちにしても、ダッセー!ことにかわりなし。ああ。

2015年3月3日火曜日

カーヴァーの伝記を読む:A writer's life

50歳で死んで、作家としてのデビューも遅いと思っていたけど、最初の短編が「Best american short stories」に出たのが、20代の終わりころだったとは知らなかった。
それは1967年のことで、レイ・カーヴァーはサンフランシスコ近郊のパロアルトで、ホワイトカラーをやっていた(その町のクラブではデッドが演奏していたと伝記にある)。

古本屋で買ったカーヴァーの短編集が3冊家にはあって、この前図書館で「ビギナーズ」も借りてきた。2冊目の短編集「愛について語るときに…」のオリジナルバージョンを集めたものだ(この本のことは以前に書いた)。

伝記(「作家としての人生」)のなかで、カーヴァーが短編を書くと、その短編を日本語で(ムラカミ訳だ)読んでみる。さらに、リッシュが切り刻む前のヴァージョンも読んだりしているので、伝記はなかなか先に進まない。
いよいよこれから編集者ゴードン・リッシュとのつきあいが始まるところだ。


100万人のコンサート:a fool such as

Grateful Dead's 'Fare Thee Well' Tickets Offered for $116,000 on Secondary Market.
というニュースがfacebookに流れていた。
2/28に発売になったデッド50周年記念コンサートのチケットは21万枚があっという間にソールドアウト。チケットを求める人は100万人以上いたということだ。
チケットが手に入らなかった人は、オークションに殺到し、今現在の最高額が116,000ドル、日本円で1,392万!
バカじゃないの…