2015年12月23日水曜日

11年前:sentimental drive


仕事で近くまで行ったので、岩倉駅のあたりを久しぶりにクルマで走ってみた。
自転車通勤をしていたころ、いつも通りぬけていた街だ。市内を西から東へ、帰りは東から西へ。街の真ん中を南北に五条川が流れている。桜の名所で、シーズンには花見客がどっと押し寄せる。

自転車通勤は、1999年の秋から、2005年の春まで。「冬」だけカウントすると6シーズンもある。よく走ったな、と自分でも感心するときがあるくらいだから、まあそういうものだろう。

10年たって、街は変わったところ、変わらないところ、よく覚えていないところ、覚えているところ、いろいろだ。名古屋のベッドタウン化が進んで、おおきなマンションが駅の近くにたくさんできていた。

iPod はまだ持っていなかった。iPhone はまだなかった。だから音楽はなかった。12月は日没後に仕事場を出るので、真っ暗だった。イヤホンをつけての走行はさすがに怖かった。

走ることに意味はなかったね、特に何も。I was only pedaling.


2015年12月22日火曜日

6年前:Warren I love you

ふと思い立ち、ザ・デッドのライブ(2009)を聞いてみる。
いいなあ。やっぱりいいなあ。
Apple music で、この前の Fare thee well ライブ(2015)が聞けるようになったので、聞いたけど、いまひとつココロが踊らない。なぜだろう?
映像を見ながら聞いたときは悪くないと思った。でも。

うーん、ひとつにはギタリストのちがいがあるかな。
この前の Fare thee は、Trey Anastasio がギターと歌。ギターに関しては、たぶん Warren Haynes より、Jerry Garcia に近い感覚を持っているようにも思う。というか、Jerry のプレイのコピーがうまい。

The Dead のときのギタリスト、Warren は、どちらかというと自分のオリジナルスタイルに近い弾き方のように聞こえる。
そして問題は歌だ。Warren の歌には味がある。うまいと思う。

Warren の自分のバンド、Government Mule でもそうだが、Warren に関しては選曲のセンスはどうもちょっと、と思う時もある。
The Dead の5/4/09では、"Imagine"をやったりしている。これは他の曲からは浮いてるよ。

もうひとつは他のメンバーの演奏力、とでもいうべきものか。やっぱり6年たって、とくにリズム隊の衰えは隠しがたい。Fare thee では、Micky はすでにドラムをたたいていなかったもの。

デッドのサイトで50周年のロゴがダウンロード可能。さっそくノートに入れてみた。



2015年12月15日火曜日

40才のころ:1995


「あの頃の俺は輝いていたとか、あの頃は毎日楽しかったとか、そんなことを言ってる大人が一番ダサい。ウソでもいいから今が一番幸せだって笑ってられる人間になってようぜ。---絶対に昔話なんかしないでさ」
(243p)

1995年冬。主人公は高校2年生。主人公の友人が言う。
「95」早見和真。たまたま図書館で見かけた。

時代と場所を限定したグラフィティものは、基本的に好きなのだが、暴力がからんでくる展開には、もうひとつ入りこめなかった。

自分だったら、もっと音楽の話をたくさん入れるだろう、と思いながら。

15才のころ:A passion play

この前スカパーでジェスロ・タルの最近の(といっても2012年)ライブ映像を見た。オリジナル・メンバーによる再結成のようだ。(と思って、wiki で調べたら、解散してないので、再結成ではないようだ)
一本足でフルートを吹くというパフォーマンスは健在でほほえましい。

高校生のころよく聞いていたレコードのことを考えた。
ジェスロ・タルのアルバム「A passion play」を買ったのは高2のころか。トータル・アルバムという構成でなかなか難解な世界だったような気がする。

14才から17才くらいまでのあいだに聞いていたレコードをざっとあげてみる。
Emerson,Lake & Palmer / Brain salad surgery
Yes / Close to the edge
Led Zeppelin / IV
Focus / Moving waves
Wishbone Ash / Argus

アルバムのタイトルもすっと出てくるのは不思議だ。

Peter Barakan の番組を聞いていたら、「ぼくは15才でブルースのレコードを聞いて世界が変わった」というようなことを言っていたが、残念ながらぼくの15才は、Peter さんの番組では決してかからないようなレコードに囲まれていた。
不思議だ。日本にいたのに。

2015年11月11日水曜日

最近のお気に入り:Apple music 3

・Jeffrey Foucalt/Shoot the moon 2014
ウィスコンシン生まれのまだ若いシンガーなのだが、ジョン・プラインの作品でアルバムを1枚作った。ペダル・スティールを中心としたシンプルなバッキングで素晴らしい。
自身のオリジナルアルバム(Horse latitudes 2014)もなかなかいいです。

・Shawn Colvin/Uncoverd 2015
カバー曲集。Graham Nash の古い曲や、CCRの"Lodi"など、選曲がよい。基本自分のAGだけで歌うのも(もちろんほかの楽器も入っているけど)悪くないね。

・Mandolin Orange/Such a Jubilee 2015
男女ペアのアメリカーナ系。ライブの映像を youtube で見てみると、女性の方はフィドルも弾いて、男の方はギターやその他の弦楽器持ち替えというパターン。最近はこういうペアのアメリカーナ・グループが増えてきた。

・Dave Rawlings Machine/Nashville Obsolete 2015
期待のニューアルバムはあいかわらずのぼそぼそボーカルが心地よい。ギリアン・ウェルチのアルバムとどこが違うんだと、言われているみたいだが、リード・ボーカルが違うのよ。逆に言えば、そこだけね。

・Ryan Adams/1989 (2015)
こちらも新譜だが、個人的にはいまいち。うるさい曲と、静かな曲が混在して、ゆったり聞けない。2作前だったか、Glyn Johns プロデュースの"Ashes and Fire(2011)"はいまでもときどき聞く。いいアルバムだったので、続編を期待しているのだが。
え? なんだ、このアルバムは。まるごと Taylor Swift のカバーだって?。うーん。

その他 Benmont Tench,Rosanne Cash/The List,Nils Lofgren/The Loner,Keith Richards/Crosseyed Heart などが、最近のお気に入りです。

2015年11月10日火曜日

月木火金の朝:morning sky

明け方の5時、東の空に、並んだ太陽系の仲間たち。
上から順に、三日月、木星、火星、金星。
写真はきっとどこかに上がっているだろうから、省略。
地球の上にいることの不思議を感じるとき。配置は毎日少しずつ変わっていく。木星は金星を追いこして先へ先へ。
あ、光った! 人工衛星? あれ? 消えた!?

2015年11月9日月曜日

韓国人と日本人:The time of our singing

リチャード・パワーズの「われらが歌う時」を読んだ。
上下巻を読み通すのはけっこうきつかったけど、もちろん、これでしか書けないことがあるということなのだろう。
主人公のジョナは1941年生まれのテノール歌手。41年生まれといえば、ボブ・ディランだ。
ボブと同世代の音楽家が、60年代をどう生きたのかという物語でもある、と言える。
ジョナの父はドイツから亡命してきたユダヤ人の物理学者で、母はフィラデルフィア生まれの黒人。
70年代を迎えて、家族は崩壊していく。

作者は1957年生まれ、ぼくと同世代。音楽はこのようにして、「われら」とともにあったのだというひとつの記録として読むこともできる。

ヨーロッパにわたったジョナは、突然古楽に目覚め、1610年以前の声楽曲に力を注ぐ。アカペラのグループを作って、新しい時代を切り開く。
70年代中ごろからの、ヨーロッパでの古楽の興隆というものがよくわかるようになっている。
「帝国主義の時代は終わったんだよ」(下・356p)

そして1992年、ジョナはオークランドにやってきて、
「古楽なんて、もう、過去のものだよ」(下・518p)
「西洋のクラシック音楽は何百万人という韓国人と日本人がしっかり面倒を見てくれるから」
と弟や妹たちに言う。
「何百万人」というのはちょっとオーバーだけど、まあ、あたらずとも遠からず、かな。



2015年10月31日土曜日

口語と文語:Lonliness under blazing sun


炎天下だあれもいないみんな長渕剛のコンサートに行ったのか / 穂村 弘

句のリズムはぜんぜんむちゃくちゃだけど、これでいいのだ、という力強さにほれぼれ。なるほど、これでいいのだ。

さみしさでいっぱいだよとつよくつよく抱きしめあえば空気がぬける / 渡辺 松男

この渡辺さんの歌もときどきすばらしい。ときどきよくわかんないけど。

口語に助動詞の過去はひとつだけ(「た」あるいは「だ」)しかないけど、文語にはいくつもある。だから、短歌に文語表現は必要なのだ、という意見があった。
口語の過去形では時間の流れがわかりにくいからだめだと。
でも、わかりにくいからいいという考え方もあるので、ぼくはそっちでいいと思う。

2015年10月20日火曜日

38年前の冬:Heart of Saturday Night

先日ラジオを聞いていたら、トム・ウェイツの"Heart of Saturday Night"が流れてきて、ずいぶんひさしぶりに聞くものだから、ついつい感慨にふけっていると、ふと思いだした。
そういう名前のロック・バンドが日本にいたことを。

時は1977年、名古屋大須のライブハウス、「コマンド」。
その当時、ぼくがお手伝いのようなことをしていた音楽事務所が「コマンド」のブッキングを担当していた。
たぶん2月か3月ころだったと思うけど、HOSNのスケジュールを入れた担当者がライブの当日店に行けなくて、なんだかわからないうちに代理ということで、ぼくが店に行った。

代理といっても、別にすることはない。挨拶して、ライブ見て、ちょこっと飲んで帰る。そんなことだった。個別の楽曲について特に印象があったわけではないけれど、いいバンドだな、と思ったことは確か。

あれからずっとそのバンドのことは忘れていた。
ネットで調べてみると、2014年にライブやデモの音源を集めたアルバムを出したそうな。公式音源はこの1枚のみ。ふーん。
元メンバーに湯川トーベン。ああ、この人。なるほど。

2015年10月19日月曜日

いやはやなんとも:Oh! Klopp!

驚きの展開。クロップがリバプールの監督に就任した。
うれしくないことはないのだが、なんだかフクザツ。
ちゃんと活躍できれば申し分ないのだけれど、保証は何もない。

ドルトムントというチームよりクロップを応援してきただけに、心境複雑。リバプールはヘンダーソンが復帰すれば調子を戻してくるとは思うけど、コイツ!という選手が見当たらなくて、今シーズンはいまひとつ個人的には盛り上りに欠けている。

就任後最初のゲーム、トッテナムとのアウェイ戦を見る。
開始15分くらいは、絶頂期のドルトムントを思わせるような選手たちの動きだったが、前半の終わりごろには、いつものリバプールに戻っていた。ミニョレのいくつかのセーブがなければ負けていたかも。

実況の倉敷さんによれば、ドルトムント時代から行動をともにしてきた二人のコーチはリバプールにも一緒にきて、それぞれ「クロップの頭脳」と「クロップの眼」と言われているのだとか。
ドルトムントのベンチでゴールが決まるといつもハグしあっていた「頭脳」の方を、ぼくらはずっと「奥さん」と呼んでいたのだが。なるほど、「頭脳」はあっちにあったのか。

2015年10月15日木曜日

14年前:Lost lost paradise

の10月13日、フリーコンサート「ロスト・パラダイス」やりました。

14年後のその日、森林公園を訪れてみた。
たまたま、仕事で守山区まで出かけることになったのだ。
14年前と同じような快晴。野外ステージの前はあいかわらず手入れの行き届いた芝の客席が広がっていた。


まだあった森林公園野外ステージ 次に来るときはすでにジイサン


何もない舞台の上に勢ぞろい天使のバンドが歌を忘れて


コンチワロストパラダイス天国は14年前に消滅です


黒猫が舞台横から顔を出す うちのルルはもういっちゃったよ



その日、たまたま夏の楽園のTシャツを着ていた。
記念に自撮りしてみた。
こんな具合に。


2015年10月5日月曜日

ネコデモドアが閉じられるとき:As the catdoor's closed

16年と半年ほど我が家にいたルルは9月23日の夜、天国へ旅立った。最後の二日くらいは苦しそうだった。でも何もしてやれなかった。医者は連休で休みだった。

しばらくは何もする気になれなかったが、ここ2,3日で写真を整理してみた。デジカメやスマホで撮ったルルの写真があちこちに散らばっていた。

南側の掃き出しサッシの横に、ネコデモドアがつけてあった。いつごろの製作なのかよく覚えていないが、ルルが我が家に来たころにはもうあったような気がする。サッシを開け閉めしなくても、いつでも出入りできるようにというネコ様専用ドアである。まあ、そんな自慢するようなものでもないのだが。
そのネコデモドアも、先日撤去した。冬はすきま風が入ってけっこう寒かった。

獣医にルルを連れて行くと、「外では飼うな」と言われた。町の広報紙にも「ネコは室内で飼いましょう」と書いてある。そういう時代になってきた。
野で生まれたルルは、野に出さなければ死んでしまうと思っていた。だからずっと出入り自由にしていた。そういう時代ももうおしまいだ。



2015年9月8日火曜日

生きのびよ:ORFEO

リチャード・パワーズの「オルフェオ」を読んだ。
最初はちょっと入りにくくて、しばらくうっちゃっていたのだが、途中からがぜん面白くなった。
前衛音楽家がいかにしてテロリストになったか、というようなストーリーだが、ロックンロールやビートルズもちょこっとだけ出てくるし、1941年生まれの主人公が60年代をいかにやり過ごしたか、とか興味は尽きない。

文章のリズムが歯切れよく、過去形と現在形が混在し(「歴史的現在」というのか、過去のことが現在形で語られ、「現在」のことが過去形で語られる)、現代音楽の知識がないとよくわからない部分も多いけれど、それでも面白い。

「彼女も名付けることさえできないものを求めながら死んでいくのだろう」(273p)
ぼくもきっとそうなのだ。でも生きのびよ、とこの本はぼくにうったえる。
いまはそうすることにしよう。


2015年9月7日月曜日

永遠と思える時間:Long strange trip

あのころ、60歳になることは「永遠」に等しかった。
45年前、14歳の誕生日に自分は何をもらったのか憶えていない。たぶん何ももらわなかった。でもラジオの番組でリクエスト曲をプレゼントしてもらったような気がする。
あの曲はなんだったか?

16年と半年前に我が家にやってきた猫は、最近何も食べなくなった。医者に診てもらうと腎不全だという。もうぼくたちにしてやれることは残り少ない。苦しい思いをしないで、最後の時間を過ごしてもらいたいと思うだけ。

永遠はない。猫と過ごしたたくさんの時間もそろそろ終わりが近づいているようだ。
猫は死ぬ。ぼくも死ぬ。永遠はない。あたりまえだ。

来年で60歳。まだ1年もあるのに、もう人生から引退した気分。
仕事はないし、孫は生まれたし、猫は年老いたし、永遠と思えた時間もそろそろ先が見えてきた。
これからは夜道をトボトボと歩いていく。

2015年9月1日火曜日

no messageというメッセージ:mimeographed newsletter

「ぼくらは誰にもメッセージしないというやり方で音楽を作っている。誰かに言いたいことなんて何もない。誰かを変えたいとも思わない。みんなが少しでもいい気分でいられるようなチャンスを作りたいだけだ。」
1967年3月、最初のアルバムが出た後のインタビューで Jerry Garcia が語った言葉。("Long strange trip"187p)

同時期にデビューしたサンフランシスコのバンド、モビーグレープは、多額の宣伝費を使い、1stアルバムからシングルを5枚カットするなど派手な行動で話題をさらった。
一方のデッドは、謄写版刷のミニコミ(mimeographed newsletter)を150部作って地元のファンに配った。

「ガリ刷のミニコミ」(すでに死語か?)というあたりで、がぜん支持率アップ。
ミニコミは当時の最新でチープな、コミュニケーションツールだった。ネットのない時代のFacebookだよね。

ここにこうやって書いているということは、伝記はやっとレコードデビューのところまで。192pですね。先(619p)は遠い。



2015年8月25日火曜日

ただいまリハビリ中:Deadbase50


腰痛はなかなか回復しない。通常の生活に支障はないが、草取りや剪定など、腰を使う仕事はまだ無理だ。休みの日にすこしずつやってみるけど、週明けは不安である。
自転車でロードなど、まだ先の話だ。

Deadbase50 という本を買った。日本のアマゾンでは手に入らなかったので、amazon.com で直接注文した。基本はデッドのデータベースで、99年に出た deadbaseXI がベースになっている。今年結成50年を迎えて、その後の update をそこに追加して発売したもの。

deadbaseXI そのものはすでに絶版で入手困難、amazon で中古で探しても4,5万はする。
今回の deadbase50 は、ハードカバーで送料込み98ドル。到着まで一月ほどかかるようなことが書いてあったのに、実際には5日で着いた。すばらしい。

すべてのショーのセットリストはまあ当然として、どの曲が30年間のショーで何回演奏されたかというデータももちろんある。
他にもたとえば、"He's gone"という曲は8/16/1987のショーのセット2で演奏され、その前の曲は何で、次の曲は何だ、ということもすぐにわかるようになっている。すばらしい。

デッドの伝記を読みながら、Deadbase50 を参照し、Apple music で古いスタジオアルバムの音源を聞く。これがこの夏のリハビリ生活。



2015年8月19日水曜日

新しい家族:Baby's born

長男に子供が生まれた。よろこばしいことだ。
先日産院で対面してきた。
新しい家族の顔を見ながら、長男が赤ん坊だったころのことを思い出そうとした。
でも、ぜんぜん思い出せなかった。記憶が抜け落ちている。
新生児にしては大きな顔と手を見ながら、この子が5歳になった時、20歳になった時、世界はどうなっているだろう、自分はどこにいるだろう?
考えようとしたが、無駄なのですぐにやめた。

この子がやがて言葉を覚え、音楽を聞き、大人になっていく。あらゆる可能性が開かれたおおきな存在としていまのきみがそこにいる。


2015年8月16日日曜日

議長はベーシスト:GDP meeting

腰痛は、ハリに1週間通ったらなんとか治まった。貼り薬とサポーターは欠かせないけど、普通の生活はできるようになった。
動けないあいだ、買ったままでほとんど読んでいない、Dennis McNally "Long strange trip(The inside history of the Grateful Dead)"をずっと読んでいた。

一応30年間のフルストーリーなのだが、60年代の記述が半分以上を占める。出版は2002年で、後の方ほど関係者が多くて、書きにくかったのかなと思う。
1984年にGrateful dead productionsに、正式にやとわれ、以後ツアーに同行し、事務所に出入りして、95年の活動停止までを追った伝記である。
1984年のある日のcompany meetingの様子が書いてある(58p)。

参加者合計29名(個人名省く、意訳あり):
bookkeeper(スケジュール管理)、モニターミキサー、スタジオ(クラブ・フロント)エンジニア、スタジオ管理人、デッドヘッズ代表、グッズ販促責任者、チケットオフィス責任者、bookerアシスタント、経理、経営管理アシスタント、バンドメンバー6名、J・ガルシア・パーソナル・マネージャー、ステージスタッフ(ローディ)2名、ステージスタッフチーフ兼社長、弁護士、制作、広報、ロードマネージャー2名、サウンドディレクター、音響会社社長(ゲスト)、トラックドライバー、照明ディレクター。
議長フィル・レッシュ(ベーシスト)。

議題:
・本番中、バックステージが散らかっているので整理整頓してほしい。
・音響機材をデジタル化するには100万ドル必要。
・グッズの売り上げに対して取り分をどれくらいに設定するか。
・「Ripple」を映画「マスク」に使いたいというオファーがあるがどうするか。
・楽曲使用料をいくらくらいにするか。
・デッドヘッズと思われる者に損害を受けたホテルからの訴えをどう扱うか。
・コロラド州の"Red rocks amphitheater"でのコンサートについて。
 JG「みっともないサイドパネルと屋根をなんとかしてくれよ」
など。

本文にはマネージャーという肩書の人が何人か出てくるが、どういうわけか会議には参加していない。おそらく雇われマネージャーみたいなものかもしれない。
社長(Ram Rod。原文は[crew chief,president]となっている)は、crewの中では最古参で、1967年から現場にいる。

日本的な考えで行けば、バンドの会議にトラック運転手まで参加するのは、どうして?とも思えるし、音響エンジニア、照明ディレクターとも60年代からずっと専属で、いずれもプロダクションと直接契約のようなのも日本的には珍しいかもしれない。




2015年8月7日金曜日

腰が痛くて動けないので:Kreuzschmerzen

熱帯夜のさなか、トイレに起きてみると、歩けない。壁やら柱につかまらないと倒れてしまう。ふとんに戻っても、横になるのが大変で、もちろん寝返りもできず。

ひさびさにやってきました、腰痛。あきらめて医者へ。
「今度はどうした?」
(前回は薪割のせい、とカルテに書いてある)
「自転車に乗りすぎたかと」
「どれくらいだ?」
「50キロか70キロくらい」
「えー、どこまで行くんだ?」
「谷汲とか揖斐のほうとかぐるっとまわって」
今回もハリのお世話に。これが効きます。

先週の土曜日、揖斐峡から谷汲を横断して、伊自良方面へ抜け、大学病院のあたりから家に帰った。75キロだった。
それに加えて、このところの熱帯夜で、夜ぜんぜん眠れなかった。エアコンをつけたまま寝る習慣がないので、夜中に暑くて目が覚めて、もう眠れない。これがきつかったのかなと。

腰痛で動けないので、本を読んでいる。

打海(うちうみ)文三という作家はぜんぜん知らなかった。1948年生まれ。
「一九七二年のレイニー・ラウ」という短編集を読んだ。おもしろかった。もともとミステリー系なのかどうか、よくわからないけれど、文体はハードボイルド、スタイリッシュ。

黒川創の「明るい夜」を読むのはたぶん2回目か。最初の何ページかを読んで、ああ、これ読んだな、と思い出したが、結局もう一回最後まで読んだ。

佐藤正午の「恋を数えて」もたぶん2度目か。1987年の作品とあるので、もうずいぶん古い。どうしてだか文庫がうちの本棚に並んでいた。たぶん古本屋で買ったんだろう。中にジョン・レノンの歌の歌詞が出てきたりして、それが気に入っていたのかもしれない。




2015年8月6日木曜日

使ってます:Apple music 2

あれから、使いまくり。
毎日暑くて、仕事はなくて、部屋にこもってApple music。

Mark Erelli / Milltowns(2014)
Joe Henry みたいな感じもするけど、曲がいい。

Ray LaMontagne / Gossip in the grain(2008)
思ったよりポップな人だった。

Richard Thompson / Still(2015)
新譜は、Jeff Tweedyのプロデュース。ポップな面をうまく引き出していると思う。

The milk carton kids / Prologue(2011)
新譜はなくて、デビュー作。カリフォルニア出身なのに、ジャケットは雪景色だ。

Shear Shazar(2013)
Jules Shearの新しいグループ、というかデュエットみたい。この人の曲はほんとにいいよ。健在、うれしい。

Mark Knopfler/ Tracker(2015)
新譜。どんどんゆるゆるになってうれしい。

Bob Dylan / Modern times(2006)
Apple musicには、彼のアルバムがほとんどそろっている。

J.J.Cale / Naturally(1972)
昔のアルバムを何枚か聞いた。ときどき聞きたくなる。

New basement tapes(2014)
コステロやマンフォードなどが参加したセッションアルバム。いいけどシブすぎる。

Billy Bragg / Tooth and nail(2013)
Joe Henryのプロデュース。硬派です。

Grateful dead / Blues for allah(1975)
ライブ音源になれているので、スタジオ盤は何かもの足りない。

他に古楽系のアルバムをいくつか。
Corelli:Assisi Sonatas
Abel:Viola da gamba suites
F.Couperin:Pieces de violes
Weiss:Partitas pour luth
Biber:Harmonia artificios
名前の知らない作曲家や作品にどんどん興味が行く。

探しても出てこない人もたくさんいる。
Van Morrisonは、最新の"Duets"しかないし、Nick Loweもベスト盤しかなかった。
ないものはいさぎよくあきらめる。あるものを聞く。
それでいいのだ。



2015年7月17日金曜日

使ってみた:Apple music

7月からサービスを始めた Apple music を使ってみた。
このごろCDを買うことはめっきり減ったが、ダウンロードはちょくちょく。
聞いてみたい新しいアルバムは、ときどき出てきて、でも、全部をダウンロードして聞くわけにもいかず、おのずと選択が働く。そうしてリストばかりがどんどんたまっていた。まあ、でも、あきらめた。それが普通の消費行動だし。

Apple music はそのリストを解消してくれるのではないかと。
新しいものを中心に、きわめてランダムにアルバムを選び、My music に放り込む。

いや、すばらしい。
こんなにいっぱい、無料で(3か月お試し期間)聞けるなんて。うひゃー。

Ben Harper / Childhood home 2014

Don McLean / Homeless brother 1974

Wilco / Alpha mike foxtrot 2014

Justin Townes Earle / Absent fathers 2015

Jesse Winchester / A reasonable amount of trouble 2014

Iron & Wine / Ghost on ghost 2013

Linda Thompson / Won't be long now 2013

プレイリストに全部いれて、シャッフルで聞くと。Wilco のアルバムはアウトテイク集で4枚組だから、そればっかりになったりして。
Ben Harper は、お母さんとデュエットというアルバム。これがいい。ちなみにお母さんはリトアニア系ユダヤ人、お父さんはアフリカ系とチェロキー族の血を引いているとか。

遺作となった Winchester のアルバムもすばらしい。ときどき、あれ、J.D.Souther が歌ってるのかな、と。
ま、そんな具合に退屈しません。

2015年7月7日火曜日

祭りの終わり:Let Trey Sing


Grateful Dead Fare Thee Well 7/5 最終日の映像をストリーミングで見た。
朝8時(現地午後6時)から映像は流れてきて、開演予定時間の9時からは会場の客席の様子がずっと流れていた。意外に若い人たちが多い印象。もちろんタイダイのシャツを着た60代とおぼしき人たちもたくさんいるのだが。帰りの時間を考えると子ども連れは難しいのか、あまり見かけず。(開演は35分遅れ、終演は12時少し前)

もちろんこれからもそのスピリットはジャムバンド系のコンサートに引き継がれていくのだろうけど、シャツ、帽子、フラッグ、ステッカー、バラの花など様々なものがアイコンとして存在した、祝祭としてのデッドのショーは、これにて終了という宣言である。
core4 と呼ばれている元デッド4人から、直接の語りかけは一切なし。Jerry の思い出を語るようなMCもない。そういうところがカッコイイ。

Trey は、もちろんずっとギターを弾いているのだが、リード・ヴォーカルは控えめである。もう少しあってもいいのではないかと思えるほど。アンコールのときに、Bob Weir が "Let Trey Sing" とプリントしたTシャツを着ていたのには笑った。やっぱり誰が歌うのかはこのバンドにとって、ビミョーな問題なんだな。(うーん、でも、"Althea" のTrey のヴォーカルはいまいち)

2度目のアンコールの "Attics Of My Life" のときは、会場のあちこちにセットされたスクリーンにデッドのオリジナルメンバー、この日のサポートメンバーの写真が映し出され、客席から惜しみない拍手。ココロに残るメンバー紹介だった。

映像は30日間オンデマンドで見ることができる。
さて、限定発売のCD、Blu-rayを予約するか、どうしようかなあ。

2015年7月4日土曜日

佐藤正午の「短編」と小沢健二の「音楽」:pig and monkey


佐藤正午のエッセイ集「豚を盗む」(2005年)に、「叔父さんの恋」という短編がはさまっていた。これがよかった。
Led zeppelin の「天国への階段」が、さりげなく出てきて。
うん、こういうのがいいよな。

柴田元幸編集の「MONKEY」(マンキーって発音しないと、ピーター・バラカンに怒られる)vol.6は、「音楽の聞こえる話」という特集。
出色は小沢健二の「赤い山から銀貨が出てくる」という短編。これを小説と呼べるかどうか「?」だが、それはどうでもよい。
ヨーロッパで、ピアノやヴァイオリンがなぜああいう形になったのか、その原因はボリビアのポトシ鉱山にある、という話。
ピアノやヴァイオリンが現在のような楽器になったのは、17世紀のはじめから18世紀の半ばくらいにかけて。ちょうどバロック音楽の時代だ。
その展開は言われてみればそうだなと思うけれど、そういう風にはだれも(少なくともぼくは)考えてもいなかった。


2015年7月3日金曜日

隠遁生活も楽じゃない:Salinger and poem


「サリンジャー」というドキュメンタリータッチの伝記を読む。
長期にわたる隠遁生活はどのようにして彼を支配したのか、そのあいだサリンジャーは何をしていたのか、ジョン・レノンを殺したチャプマンはどうして「キャッチャー」を持ち歩いていたのか、など読みどころ満載である。
であるが、ボリュームもはんぱない。本文だけで700ページ。最初の方の戦場での体験は飛ばす。そこがポイントだろうとも思えるが、あとで余裕があったら読むことにする。

(以前挑戦していたピンチョンの「重力の虹」だが、全4部のうち、第1部だけ除いて読み終えた。訳者のブログを読むと、第1部はわかりにくいので、第2部から読んでも大丈夫だとある。なるほどそういうのもありかと。よって、すべての本は、最初から読む必要はないのではないかと最近思うようになった)

サリンジャーが帰依していた宗教(ヴェーダーンタ哲学)については、ジョージ・ハリスンの「ハレクリシュナ」と近いようなことがどこかに書いてあったが、うまく理解できず。

「ポエムに万歳」は前から気になっていた。図書館にそろう気配がなかったので、アマゾンで中古で買った。(250円)
冒頭の中田英寿の引退ポエムから、オリンピック招致ポエムまで、いろいろ並んでおもしろいが、正直キレはいまいち。
後半はポエムには関係ない話題が(ネット炎上など)続く。まえがきにあるとおり、コラムを集めたものだから旬を過ぎたネタも多い。

小田嶋さんは、もともと野球ファンだったけどいまはサッカーファンだし(最近のレッズサポ)、1956年生まれだし、シンパシーはずっと持っている。もっと過激にポエムをバンバンたたいてください。お願いいたします。



2015年6月30日火曜日

Grateful dead を見た!:Fare thee well




見ようとして見たわけではなかった。
Facebookで、コンサートのレポートを読んで、どこかクリックしたら初日のset1の映像がyoutube にアップされていた。live stream の再生をカメラで撮ったもので、見ている夫婦の会話もときどきはさまるというおまけつき。

Trey はギターに専念し、Jerry の曲はフロントのみんなで歌う、というのが基本パターンのようだ。The Dead の時のように、W.Haynes が Jerry の曲をみんな歌う(たぶん)、というようなことにはなっていなかった。
Bob は相変わらず、半パンにサンダル、MCも全くなし。

youtube で2日目の映像を探したら、今度は  set2 が出てきた。これも多分、再生した映像をとらえたもの。set list は1日目よりかなりなじみのあるものになってきて、見ていて楽しい。Trey が控えめなのがよい。

一番気になったのが、Mickey Hart のドラミング。彼の前にはたくさんの太鼓が並んでいるけれど、スネアやハットをたたいている様子はない。ブラシのようなもので、いつもオカズばかり。音がよくないので、わからない部分もあるけれど、昔のようなツインドラム、ではないようだ。
なぜ彼がドラムをやらないのか、詳細は不明。

さてこうなると生の映像が見たくなる。
シカゴのショーは3回。1回の stream は30ドル。ほんとに日本でも見ることができるのかなあ。(見たっていう人がひとり検索にひっかかった)

2015年6月28日日曜日

GD50周年:WTF


今日からデッドの結成50周年記念コンサート"Fare Thee Well" が始まる。27,28日がサンタクララ、7月3-5日がシカゴ。
live streaming も北米のみとなっていたので、早々にあきらめていたのだが、さきほどnugs.tv というところからメールが来て、見せてやるぞ、5 night で110ドルだ、どうだ、と。

シカゴの3コンサートは、CDと映像を11月に発売するから、いまから予約してよね、というメールも来た。こっちは12枚組CDと7枚組blu-ray トータルで190ドル。
その発売のお知らせのところにデッドヘッズのコメントがたくさん並んでいる。値段が高い!、期待している!、きっとアッと驚くゲストが出るぞ! 1ショーがCD4枚分ということは5時間やるんかなー、などなど。

さて。わたしの気持ちと同じようなコメントが見つかったので、拙訳で掲載。
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このクソったれ! (原文は"WTF")  by zappy

このイベントが Grateful Dead 結成50周年記念であることはわかる。しかし、このバンドはぼくが1978年から1995年まで見てきたバンドではない。"Grateful Dead"というバンド名は Jerry が死んでからは一度も使われていない。どうして今回だけ特別なのか!理解できない。
ここ何年もあいだぼくはデッドの生まれ変わりのバンドを見続けてきた。彼らはいつも別の名前でやっていた。The Other Ones, Rhythm Devils, The Dead or Furthur。今回だって違う名前でやることはできたはず。Grateful Dead結成50周年記念として。

記念コンサートのCDやDVDの発売もぼくに違和感を抱かせる。彼らは「ノスタルジア」を売っているのか、それとも「音楽」を売っているのか?
コンサートはいいものになるだろう。メンバーはいっしょうけんめいやると思う。だけど Trey は Jerry Garcia じゃない。ぼくは Phish のファンじゃなかったし、Trey のギターのプレイスタイルも好きじゃない。
元デッドのメンバーが、このイベントに Trey を参加させたという決定に文句を言うつもりはないけれど、 Grateful Dead と Phish は全く別のバンドだ。

どうしてこんなものに、200ドル近いお金を払わなければならないのか。みんなの気分を盛り下げるようなことは言いたくないけど、これがぼくの素直な気持ちだ。
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ジェリーが死んだとき、もう2度とこの名前でバンド活動はしない、デッドは解散と決めたはずではなかったか。ジェリー・ガルシアのようには誰も歌えないし、ギターを弾けない。

50周年記念アルバム"30 TRIPS AROUND THE SUN "。80枚組CDの予約もあきらめた。値段もはんぱないけど、60年代のデッドにはあまり興味わかないしなー。
あー、でもやっぱり見たみたい。Uhu.

2015年6月23日火曜日

あとは時間の問題か:Long, slow, distance


ロードのコースをガラッと変えて、武儀川、伊自良、本巣、大野町というコースを設定し、走ってみた。
家を朝7時に出て、帰ってきたのは12時、距離は82キロ。途中で何度も休憩しているので、こんなものか。
もう少しスピードをあげれば、昼までにもう少し距離を稼げそうだが、基本は "Long, slow, distance" である。このままだ。

目標は100キロのロードであるが、あと1時間走るだけの体力や気力は残っていた。そうすれば100キロも無理な話ではない。いつかは走れると思う。
むしろこれからは、コース設定である。クルマが少なく、高低差が少なく、景色のいいところ。そんな都合のいいコースはむずかしい。
伊自良の田舎道をのんびり走っていたら、いきなりのヒルクライム。まだ慣れてないんだ、登り坂…Hilf!!


2015年6月22日月曜日

6月の雨の朝:abandoned love


雷の鳴る朝、ソファでうたた寝をしていると、頭から離れないメロディがくりかえし流れる。
"Chimes of freedom / the songs of Bob Dylan" のdisc3に入っている曲だという認識はあるのだが、曲のタイトルは思いだせない。
2012年に出たアルバムだし、4枚セットだし、1枚に20曲も入っているので、演奏者も覚えられない。

disc3を改めて聞いてみて、その曲が "Abandoned love / Paul Rodgers & Nils Lofgren" だということがわかる。
へー、あのポール・ロジャースか、あのニルスかい。
曲はネットで調べると、1985年の Dylan の "Biograph" に入っていたことがわかる。1975年の "Desire" のアウトテイクということらしい。
このアルバムは持っていなかったし、この曲をそれまで聞いたことはなかった。でも、そのメロディは僕の頭を離れなかった。

「6月の雨の夜、チルチルミチルは」という歌があった。友部さんの古い曲だ。好きな歌だった。
"Abandoned love" を聞いて、この歌を思いだした。
youtube で、パスカルズをバックにこの歌を歌っている映像を見た。いい歌だと思う。1987年のアルバムに入っていた。
この話はここまで。どちらもいい曲だ。6月の雨の朝に聞くにはうってつけの…


2015年6月8日月曜日

誰も来ない道:auf dem Weg




揖斐川水系の横山ダムまで行ってみた。往復で79キロ。ダムの手前の2キロほどの登りはそうとうきつかったが、登れないことはなかった。
今シーズン中には100キロツーリング達成を目指して少しずつ距離を伸ばしているところ。平地ならもう少し楽に走れるのかもしれないが。

いつもと同じように、国道は極力避けて走っている。新しい国道は山の中のトンネルを抜けているので、揖斐川沿いの道路は、クルマの1台も通らず。ダムの手前あたりの川沿いでは、歩行者にも、自転車にも会わず。いるのはクマだけか。

翌日はカミサンと長良川の河川敷をぶらぶら自転車。二日分合計すれば97キロ。目標はもうそこまで。

2015年6月1日月曜日

新しい生活がはじまるのら:the documents

それから仕事が一気に来た。
半月ほどかかりきりで、370枚の書類を作り上げた。
こんなに働いたのは、開業以来初めてだし、こんなにいっしょうけんめいデスクワークをしたのも、生まれてはじめてかもしれない。

終わってみれば、もう6月で、ドイツカップの決勝はなかったことにしたいし、煙突掃除はなんとかやったけれど、からだはもうへろへろ。

長男の家はその姿をあらわした。今月中には引っ越してくるという。
予測のつかない新たな生活がはじまるのらしい。


2015年5月11日月曜日

初夏の風:May breeze


ひとまずこれでおしまい 薪割りの道具たちにも初夏の風吹く



ガンバレと言うなキライだそのことば 仕事ないけどなんとかやってるし

2015年4月30日木曜日

クロップの呪い:Magic time

ドイツカップ準決勝、バイエルン対ドルトムントはPKでドルトムントが勝った。
ラームとシャビ・アロンソが軸足をすべらし、ゲッツェのキックはキーパーがはじき、4人目ノイアーはバーに当てた。
なんと。ホーム・スタジアムで二人つづけてミスキック。
これを「クロップの呪い」と言わずなんという?

ノイアーの蹴ったボールがバーに当たった瞬間、ベンチを飛び出したクロップは誰よりも早くゴールマウスまで到達。跳びはねてはしゃぎまくるクロップは、あのクロップだった。この姿がドイツのリーグでもう見られなくなると思うと本当にさびしい。
来シーズンはどこにいるのだろう?

ジェラードのいなくなったリバプールにあらわれるという噂もあるみたいだけど… エーッ!?
ドイツカップ決勝は5月30日、ヴォルフスブルクと。クロップ有終の美を飾れるか?

2015年4月22日水曜日

誰が待ちのぞんだか?:intimacy


古楽になぜ惹かれるのか考えてみた。
キーワードは「親密さ」じゃないだろうか。
その時代、器楽曲の作曲家は基本的にまず演奏家だった。自分が演奏できる楽器で作曲する。印刷された作品集は、まずヨーロッパ各地の演奏家たちが買った。
じっさいにそれぞれの曲が譜面のように演奏されるとき、そこにいるのは、演奏家を雇っている貴族とその家族、その取り巻き、家来ぐらいではなかったか。数にすれば20人から多くて50人くらいか。

バロック後期は、絶対主義の時代でもあるので、フランスなどでは国王の宮廷にはもっとたくさんの人が集まったかもしれない。
あるいは王立の歌劇場などもあったので、そこには数千人の観客が集まったかもしれない。そこで演奏されたのは主にオペラだったが。

ライプチヒの楽長時代、コレギウム・ムジクムという演奏団体を率いたバッハは、「カフェ・ツィマーマン」(Zimmermann は「大工」、ちなみにボブ・ディランの本名でもある)というコーヒーハウスで、協奏曲などを演奏した。その時の客はやはり多くて数十人というところではなかったか。
コレギウム・ムジクムにしても、おそらくおおくて10人くらいのグループではなかったか。ドイツでは、教会以外に市民が集まって演奏を聴くという施設はまだなかったと思う。

ハイドンやモーツァルトの時代になると、交響曲がうまれ、職業作曲家がうまれ、音楽ホールが生まれる。演奏団体もメンバーが多くなる。
そして演奏家と聴衆との親密さは失われていく。

コレルリがトリオソナタを書いていた17世紀の終わりころ、彼の曲を誰が待ちのぞみ、どういう人たちがその演奏を聞き、どんな場所で演奏されていたのか、もっとよく知りたいと思う。

2015年4月20日月曜日

時計は3拍子?:TRPP Q SCHOUS

「英語で読むムラカミ」は、4月から講師が変わって、スタイルも2年前の沼野さんのかたちに戻った。まったく同じ進行にしなくても、とも思うが、去年の新元さんのスタイルよりは断然いい。きっと、苦情が殺到したのだろう。
今回は「TVピープル」を読んでいるけれど、英語訳者が変わったこともあって、また新しい発見がてんこもり。

最近の時計は音がしない。25年前(作品の発表は89年)はどうだったか。日本語では「チクタク」が、まあ、ふつうのオノマトペか。(英語では"tick tock"? ほんとかな?)
それが3拍子で表現されて、現実から異世界へふわっと飛んでいく。
なるほどなあ、魔法の呪文はこんなところにあるのだ。



チャイナ・ミエヴィルの「言語都市」を読む。
ル・グィン絶賛のSFだが、はっきり言ってわかりにくい。
映像では決して表現できない世界(なんといってもテーマは「ゲンゴ」だ)を、英語から日本語にうつしかえているので、わたしのような想像力のとぼしい読み手には、敷居が高い。でも、最後まで読んだ。

「小さな街から逃げだした人びとのあいだでかわされる古典的な暗黙の了解―ふりかえるな、おたがいの重荷になるな、なつかしく思うな。」(80p)
ここにテーマがあるとは思っていないけど、なんとなくそこに付せんをつけた。

英語やドイツ語を書くときは、どうして単語を離して書いて、日本語はくっつけて書くのだろうと、さいきん疑問に思う。
正確な翻訳などありえないのに、それでも言葉をうつしかえ、なんとか世界を共有していく。
それってすごいことだなあ。

2015年4月17日金曜日

気品と格調:Arcangelo Corelli


「バロック音楽」。初版が1972年。高校生の時に買って、読んだ。でも、あんまり理解できなかったと思う。
10年ほど前、近所の図書館で廃棄本の配布をしていて、そこに並んでいたのをもらった。
それから、またずっと本棚の奥に立ったまま。40年以上前の本じゃ、書いてあることも古いんだろうな、と。
きのう、何気なく手に取ってみると、書いてあることがよくわかるのである。基本は何も変わっていないのである。
最近では「バロック」より「古楽」と呼ばれることが多くなり、使われる楽器も「ピリオド楽器」が多くなったけれど、根本のところの考え方は変化していない。

「第一、わたくしにはヴィヴァルディの音楽の品のなさが耐えられないのである」(126p)。
いやいや、著者の皆川達夫さんはまだお元気なよう(1927年生まれ)ですが、バロック音楽の紹介の本なのに、これである。いいじゃありませんか。ヴィヴァルディにもいい作品はあるけれど、「底抜けに歌いさわぐだけで」「仰々しい」。

それに比べてコレルリの音楽に対しては、「激情の表情とか巨匠技の誇示といったものがいっさい避けられ、」「気品と格調とによって貫かれて」いると絶賛。そおかあ、そうなんだよな。高校生にはわからぬぞ、その良さは。
コレルリが作り出したコンチェルト形式やソナタ形式は、ヨーロッパ全土に大きな影響を与えた。

ときどきダウンロードしていた Naxos の ClassicsOnline がリニューアルして、HD や LL ファイルを扱うサイトになっていた。
そこで見つけたのが、Kimiko Ishizaka の平均律。この寒そうな教会(?)の写真のジャケットが目にとまった。彼女の名前は知らなかった。調べてみると、ドイツ生まれのハーフで、ドイツで活躍しているらしい。

平均律は高校生のころから聞いているけれど、いま家にあるのは Keith Jarrett のピアノ盤だけで、クラシック系の音楽家のものがない。
ダウンロードして聞いてみた。グールドやキース・ジャレットより、タッチがやわらかく、コロコロ転がっていかない。
落ち着いた演奏で、ジャケットのイメージによく合っていた。

2015年4月6日月曜日

最悪の週末だとみんなは言うけれど:lost weekend


ドルトムントがレヴァンドフスキにやられ、リヴァプールがアーセナルにコテコテにされ、名古屋と岐阜は断トツの最下位。
おお、なんという週末。
中継なんか見るもんか。

2015年3月21日土曜日

「もとクリ」と「いまクリ」:crystal,so what?


34年前には、もちろん読んでいなかった。作者が自分と同じ56年生まれだということは、なんとなく知っていたかもしれない。
そのころ、何を読んでいたのか思い出そうとしたけれど、わからない。
「ガープの世界」に出会うのはもう少しあとだし、ルグィンの一連の本を読むのもちょっとあとのこと。ヴォネッガットはどうだったか?
いずれにしろ、ダブルムラカミ以外の日本の作家はほとんど読んだことがないという気がする。

「もとクリ」は、1980年の「ぼくたちの物語」としては、いまでも有効かと思う。書かれている生活のスタイルを受け入れられるかどうかは別として。
音楽(もちろん洋楽だが)についても、これだけたくさんの注が書かれているとは思わなかった。主人公は「パイドパイパーハウス」の常連だという設定だし。

「いまクリ」は、小説というよりなにか別のもののようだが、うまく規定する言葉は見つからない。作者の「もと政治家」としての言語感覚は、このような文章から生まれているということがよくわかる。

「もと」と「いま」通して、「注」の索引があると、いうことないけど。

「もとクリ」注303:「こういう、キリギリスみたいな人が、戦争でも始まると、率先して戦争讃歌を歌う人になるのです。」
さてこれは誰のことでしょう? 幸いにもそれから「戦争」はなかったので、讃歌もなかった? のかな。
あの人です、「精霊流し」のひとです。

2015年3月16日月曜日

シナリオも書いた:Ray

「レイモンド・カーヴァー 作家としての人生」を読んだ。ふー。
繰り返される移動、各地の大学の創作科(ライティングコース)への参加、朗読会、作家に援助をするシステムについてなど、盛りだくさんの内容だ。

マイケル・チミノの映画のシナリオを書いていた(ドストエフスキーの生涯についての映画だったらしいが、製作まではいかなかった)というのも驚きだった。

たくさんの作家たちの名前が出てくる。
カーヴァーの最初の先生だったジョン・ガードナー、アイオワで飲みともだちだったジョン・チーヴァー、最後まで親しかったトバイアス・ウルフ。
彼らの作品がないか県の図書館で探してみた。
ガードナーの作品はなかった。J・チーヴァーやT・ウルフは、書庫の片隅にうずもれているようだ。今度助けに行くよ。

アマチュア作曲家:GR is here

自治会の役員会に出て、今年度分の手当をもらう。
さっそく本屋でピンチョンの「重力の虹」上巻をゲット。税込4536円。
頼みの綱の県図書館には、旧版(国書刊行会の発行、1993年)しか置いてなくて、ふんぎりがつく。
下巻を買うのはいつのことか。



アルビノーニの作品1「トリオソナタ集」をゲット。
アルビノーニは、宮廷や教会にやとわれることなく音楽を作り続けていた人で、自ら「アマチュア作曲家(正確にはベネチアのディレッタント)」と名乗っていたようだ。
コレルリのトリオソナタ(作品1)が世に出てから、13年後の作品なのでもろコレルリみたいな感じです。
でも、この作品集のアルバムはあまり出ていないようで、検索してもこの Parnassi musici というドイツのグループによる演奏のみ。


2015年3月12日木曜日

はじめてのリクエスト:Morning melody

先日の朝日新聞地方版に作家である奥田英朗の記事があった。奥田は岐阜市出身で、同世代なのだ(59年生まれ)が、岐阜にいたころは「岐阜放送」の洋楽番組の愛聴者だったという。
ほー、と思ったわけです。

わたしは19歳のころまで、岐阜市にいて、中学、高校時代には、家にいる間は、ずっとラジオを聞いていた。寝るときとご飯の時以外は。
特に高校時代は、帰宅部に属し、友だちも彼女もいなかったので、家にいる時間はとても長く、休日ともなると、昼夜逆転の生活で、一日中ラジオかレコードを聞いていた。

でも、岐阜放送は聞いてなかった。中学1年の時に、日本初の民放FMというのが、名古屋にできて、以後基本FM中心に、深夜の時間帯にはAMを聞くというパターンだった。
岐阜放送?ダッセー!、というのがまあなんというか、そういう感じだったよ。

はじめてラジオの番組にリクエストしたのは、なんだったか、風呂の中で考えた。
番組は東海ラジオの早朝番組「モーニング・メロディ」だ。1970年の夏、朝5時からやっていた。中学2年だった。
さて曲はなんだったか?
フランシス・レイの「流れ者」か「雨の訪問者」ではなかったかと、おぼろげな記憶。
違うな。「さらば夏の日」だったんじゃないかな。違うかなあ。
ま、どっちにしても、ダッセー!ことにかわりなし。ああ。

2015年3月3日火曜日

カーヴァーの伝記を読む:A writer's life

50歳で死んで、作家としてのデビューも遅いと思っていたけど、最初の短編が「Best american short stories」に出たのが、20代の終わりころだったとは知らなかった。
それは1967年のことで、レイ・カーヴァーはサンフランシスコ近郊のパロアルトで、ホワイトカラーをやっていた(その町のクラブではデッドが演奏していたと伝記にある)。

古本屋で買ったカーヴァーの短編集が3冊家にはあって、この前図書館で「ビギナーズ」も借りてきた。2冊目の短編集「愛について語るときに…」のオリジナルバージョンを集めたものだ(この本のことは以前に書いた)。

伝記(「作家としての人生」)のなかで、カーヴァーが短編を書くと、その短編を日本語で(ムラカミ訳だ)読んでみる。さらに、リッシュが切り刻む前のヴァージョンも読んだりしているので、伝記はなかなか先に進まない。
いよいよこれから編集者ゴードン・リッシュとのつきあいが始まるところだ。


100万人のコンサート:a fool such as

Grateful Dead's 'Fare Thee Well' Tickets Offered for $116,000 on Secondary Market.
というニュースがfacebookに流れていた。
2/28に発売になったデッド50周年記念コンサートのチケットは21万枚があっという間にソールドアウト。チケットを求める人は100万人以上いたということだ。
チケットが手に入らなかった人は、オークションに殺到し、今現在の最高額が116,000ドル、日本円で1,392万!
バカじゃないの…

2015年2月15日日曜日

死んでしまったもの:Hiphop Tokyo


都築響一の「ヒップホップの詩人たち Roadside poets」という本を読む。

「テレビから垂れ流される音楽がこんなにも腐敗してしまったいっぽうで、これほど純粋に青くさい音楽が、東京の大手レコード会社や広告代理店の会議室から遠く離れた、日本の片隅で次々に生まれていって、それを聴くことで救われる子どもたちが間違いなくたくさんいること。だから死んでしまったのは音楽ではなくて、音楽業界でしかないこと。」
(「あとがきにかえて」から)

なるほど。そんなことになっているとは。
CDが売れなくなった。レコード会社はやばいらしい。ラジオも誰も聞かなくなった。
そんな話はちらちらと聞くけれど、そんなことになっているとは知らなかった。
ラップやヒップホップと呼ばれるものが特に好きということではないけれど、そこで(東京以外の日本各地で)歌われている歌は、いまこのときにその人にしか歌えない歌なのだ、ということはよくわかった。

音楽業界が死んでも、ぼくは特に困らないけど。
でも、まあ、東京のシステムでつくられた音楽にも、地方でシステムに頼らずにつくられた音楽にも、いいものはあるし、ダメなのはもちろんいっぱいだ。



2015年2月14日土曜日

こどもたちのこどもたちのこどもたちへ:Child is father to the Man


なぜ鳩なのか、まだよくわからないのだが、佐藤正午の小説はおもしろい。 
少し前に、この新刊の紹介で、「ひとに読んでもらえない小説を書く意味はあるのか?」という作者本人のコメントを読み、驚いた。こういう作家でも、そういう悩みはあるのだなと。 
でもこの本を読んでみると、そのコメントは主人公である書けなくなった作家が言っている言葉で、作者本人は、「しばらく鬱で、半年ぐらい何も書けなかった」ということらしい。 
デッドと共演したディランのコメントみたい(客はデッドヘッズばかりだから俺は歌いたくない」)だが、誰にも悩みはあるものだ。 
佐藤さん、わたしは好きですよ。全部は読んでませんけど。今度「5を読んでみます。 


忙しいのがひと段落して、図書館で5冊も借りて、イッキ読みの最中。 
片山杜秀の「音盤考現学」はちょっと難しかった。NHK-FMの番組(クラシックの迷宮)でその名前を知ったのだが、カバーする範囲が広すぎて(番組も本も)ついていけず 

庭に生えていた木を100本近く切った。植えたのもあるけれど、ひとりでに生えてきたのもある。 
そもそもそこを庭と呼ぶのがふさわしかったどうかは、よくわからないのだが、まあ、ありがたいことにそういう広い土地に住んでいる。 
そして、100本の木を切った後、長男の家を新築することになった。 

100本のうちには、樹齢25年くらいの楠と欅とメタセコイアがあった。そんなもの、庭に植えるな、という庭師の忠告を無視した結果、我が家は原生林状態になっていた。 
3本とも、大屋根よりも高かった。切る前にお祓いをしてもらった。山奥で木こりをしているという人に切ってもらった。 
それ以外の木は、全部自分の手で切った。切った木は、薪にする。 


今さら何を、と言われても仕方ないのだが、いまだ喪失感から立ち直れていない。こどもや孫たちのために、必要なことをしているのだ、と納得はしているはずだが、うまくいかない。
もう少し時間がかかるだろう。 

2015年1月17日土曜日

どんなことにも終わりがある:Fare Thee Well: Celebrating 50 Years of Grateful Dead

7月4日にシカゴのソルジャーフィールドで、デッドの50周年記念コンサートが開かれるというメールがきた。
残った4人のメンバーがそろって演奏するのはこれが最後だという。

他に、Trey Anastasio (guitar), Jeff Chimenti (keyboards), and Bruce Hornsby (piano)。

うーん、そう来たか。Warren Haynes じゃない?

ソルジャーフィールドは、デッドとして最後のコンサートをやった会場だ(7/9/1995)。
今年はスコセッシ製作のドキュメンタリーが公開されるようだし、Bill Kreutzmann の自伝も出るようだ。50周年だもの。

きっとライブ音源もすぐに出るのだろう。きっと買うだろう。でも、たぶん、2,3回聞いたらお蔵入りするだろう。
Jerry の歌が聞けないデッドは、コピーバンドでしかない。

2015年1月11日日曜日

座右の枕。元気はいらないし:If I make it through the winter

*T・ピケティの「21世紀の資本」を図書館で借りた。2週間座右の枕として、我が家に滞在の予定。
T・ピンチョンの「重力の虹」は、近所の図書館にはなかった。上下2冊を枕として購入するか思案中。


*作業場つくりは、途中で現場を離れた。自分の仕事がいっぱいたまっちゃって。




*コレルリの作品5を中古で購入。新品はもう入手不可能かも。海外のサイトをくまなく探せば見つかるかもしれないが。
我が家にはすでにS・クイケン版がある(といってもDLだけど)のだが、どうもちょっと違うんじゃないかと。これはもっと線を細く、ストイックにやってもらいたい。

「音楽談義」は、ふたりともじぶんと同学年で、たぶんそれだけかもしれないが、保坂さんは中学3年で加川良にめざめた、とある。うふふ、おもしろそうだわい。


*元気はもらったり、やったりするものか? どうも最近そういう言い方が気になって。オレはいらねえよ、元気。

*テレビで「○○みのり」さんという人を見かけて、そういえば最近樹村みのりさんの名前を見ないな、と心配になり、ネットでチェック。新作は出ていないようだが、存命。よかった。