2016年9月27日火曜日

9/24/1988,Madison Square Garden

この年の9月、デッドは Madison Square Garden で、9回連続公演をしていた。
最終日9/24は Rainforests benefit で、ゲストにスザンヌ・ヴェガ、ミック・テイラー、ホール&オーツなどを迎えた。その映像を youtube で見た。
リハーサルしてないなあ、というのがまず第一印象。

デッドとスザンヌ・ヴェガを組み合わせようと考えたのは誰なのか、聞いてみたいほど、この共演には意味なし。このときの共演が縁で、のちのデッド・トリビュート・アルバムにもヴェガは参加しているが、こちらもいまひとつ??
水と油、ほどではないけど、「水とビール」、一緒には飲めない。

ミック・テイラーも?? ガルシアの手元ばかり見て、少しは覚えて来いよ、と言いたくなる。

さて、ホール&オーツ。彼らのバンドのベースとサックスも一緒に加わる。
ベースは T-Bone Wolk。おお、懐かしい。
彼の存在を知ったのは、Carly Simon の海辺でのコンサート映像でだった。あれはたしか87年だったか。当時 T-Bone は36歳。ベースギターを胸の上の方に構えて弾く独特のポーズ。アコーディオンもうまかった(wikiで見ると、12歳の時、トム少年はニューヨーク州のアコーディオン・コンテストでチャンピオンになったんだとか)。
演奏した2曲ともホール&オーツの持ち歌なので(たぶん)、まあ、それなりの演奏ではあるが、せっかく T-Bone がアコーディオンのソロを弾いているのに、カメラはデッドのキーボード、ブレントを押さえて知らんぷり。オイオイ。

どっちがホールさんだかオーツさんだか、実はよくわからないのだが、歌いだしてすぐに、そでのモニターミキサーに注文つけているし、歌っている人の顔は暗いままだし、おまえらちゃんとリハやってんのか、と注文をつけたくなって、ほどほどに視聴をやめる。

後日、Carly Simon のライブ映像を youtube で探して、見てみた。
この映像は、今はなきレ―ザーディスクで何度も繰り返し見たが、見れば見るほど、だんだん、本当にこれは海岸で録った音なのかなと、疑問がわいてきた。あんなに風が吹いているのに、マイクにぜんぜん風の音がかぶってないのだ。
でも、コンサート会場のシチュエーションはいま見てもワクワクするほど美しい。

T-Bone は2010年に亡くなった。I miss you.



2016年9月21日水曜日

Bettyboards part3


(Dead base 50 の Favorite Tapes のページ。77年の一番人気は5/8、89票!)

以前にも書いたInternet archiveの音源には、"Audience/Soundboard/Mix"というのも聞ける。最近の録音技術のことはあまり詳しくないが、客席とボードの音源をミックスしたこの音源も素晴らしい。

デッドの公式アーカイブから出ているライブアルバムは、もちろんボード音源なので、客席の反応はあまりわからないし、曲間のチューニングなどもすべてカットしてある。
だけどこのミックス音源は、ショーの最初から最後までカットなし。チューニングも、ときどき出てくる下手なMCも、バンドのミスも、客席の盛り上がりもすべて聞ける。
(1曲目が終わった後に、トンカチの「トントン」という音が入っていることもある。ドラム台がしっかりしてなかったんだろうか。)
ショーの全部を丸ごとアルバムとして出す、という発想はデッドが始めたと思うが、このミックス音源こそ究極の「丸ごとライブ」と言える。

そしてわかったこと。
特に70年代の音源はそうなのだが、やはり曲間のチューニングが長い。
そしてさらにわかったこと。
その長いチューニングの間に、次の曲を決めていたんだろうということ。
デッドのショーにはあらかじめ決められたセットリストはなかった。アルバムには曲間がほとんどないので、あんな短い間に次の曲を決めることができたんだろうか?と常々疑問だったが、これでわかった。

2016年9月19日月曜日

Bettyboards part2

テープについても少し説明が必要かもしれない。
デッドがコンサート会場での録音を正式に認めたのが1984年。それまでは非公式ではあったが、マイクやデッキを持ち込んでの録音もおおめに見られていた。
そういった Audience tape や、Soundboard tape を、デッドヘッズは無償で交換して、コピーをどんどん増やしていった。Bettyboards が登場する以前にも、Soundboard tapeはあったようだ(その辺の詳しい経緯はまだよくわからないが)。

96年ころに北米の電子会議室でやり取りされたメールの一部がwebで公開されていた。
Subjectは、「What's become of the Bettys?」(ベティに何が起こった?)。
"The first great wave of Betty boards began hitting the streets by 1987. They revolutionized tape collecting."

このコメントを読んだだけで、Bettyboards の威力がよくわかる。それはテープトレーダーたちにとって「革命」だったのだ。
先ほどの会議室での発言には、
"They are not the band's tapes, but the crew's tapes."
というのもある。バンドオフィシャルのものではないというのは、認識されていたのだ。

Bettyboards 音源として有名な"5/8/77,Barton Hall,NY" は、87年の登場以来、200万本を超えるコピーが作られただろう、とデッドの伝記作者が書いている。
商品ではないので単純な比較はできないが、ミリオンセラーであったことは間違いない。

New Yorker の記事によれば、ベティさんは現在(2012年)、サンフランシスコのメソジスト教会聖歌隊のサウンドエンジニアをしているそうだ。
自分の録音したテープがデッドヘッズの間に流通しだしたとき、彼女はうれしかった、という。
「無料で流通することが大事だった。だれかがそれで儲けていなければ。わたしはそのとき本当はお金がほしかったけど」
「あのテープはわたしのものだってずっと言い続けてきた。あの音はわたしの感性そのもの。演奏しているバンドの真ん中に立っているような気分になれるでしょ。」
「バンドのメンバーは終わった演奏なんか聞きたくないと言っていたけど、あんな素晴らしいものを誰かが後世に残さなきゃいけないと思っていた」
「わたしたちはいなくなるけど、このテープはわたしたちのLegacyとして残っていくのよ」

ありがとう、ベティさん。

Bettyboards テープを持ち主から買い取り、デジタル音源にコピーする作業をしている Rob Eaton は言う。
「すべてのテープはデッドの保管室に戻さなければいけない。オークションで買った人たちにはきちんと補償する。そしてもっと大事なことは、ベティのテープが公式にリリースされるようになったら、彼女はその印税を受け取る権利があるということ。これは彼女のテープなんだから。ベティは報われなければいけない」(Relix 3/11/2014)

(Relix magazine のプリントアウトと「スケルトン・キー」)


2016年9月18日日曜日

Bettyboards 問題:part1

G・デッドにおけるベティボードとは何か、というところから話を始めると長くなる。が、省略はできない。
「250時間分ほどあるサウンドボード・マスターテープの宝庫。(中略)サウンドエンジニア、ベティ・キャンター・ジャクソンが録音したもので、1985年に保管料の滞納のため、ロッカーの中身がオークションにかけられるまで倉庫に眠っていた。テープコレクターやそういった小さなグループがテープ類をせり落とし、コピーして、トレーダーに配った。」(「スケルトン・キー」1994より)

Bettyさんの略歴。

60年代の終わりにサンフランシスコで、コンサートの音響を手伝うようになり、その後 Bob Matthews とチームを組んで、デッドのスタジオアルバムやライブアルバムのレコーディングに参加した。デッドの69年の「Aoxomoxoa」から「Europe'72」まで、あるいはガルシアの1stソロアルバム(71年)などに彼女の名前がクレジットされている。70年代後半のガルシアソロアルバム「Cats under the sky」や80年代のデッドのアルバム「Dead set」「Go to heaven」などにもクレジットがある。
「彼女はロックンロールの世界で、最初の女性レコーディング・エンジニア」であると、New Yorkerの"Deadhead / The afterlife"というコラム(2012/11/26)で紹介されている。

Bobさんとは私生活も共にしていたようだが、72年ころからデッドのロードマネージャーだったRex Jacksonと仲良くなり、結婚。ところがRexは76年に事故で死亡。
80年代に入って、デッドのキーボード、ブレント・ミドランドとつきあうようになり、ソロアルバムの製作にも参加したようだが、アルバムは発売されず、その後別れた。メンバーの元カノということで、居場所がだんだんなくなり、バンドから離れた。そのころから、テープを保管している倉庫の賃料が払えなくなり、ついに手放した。というような経緯であるようだ。

まず気になるのが、このテープはバンド公認のオフィシャルなものなのかどうか、である。
2014/3/11 の Relix magazine によれば、録音用の機材とテープは、RexとBettyが自腹で用意した、とBetty本人のコメントがある。そして、特にバンドから依頼があったわけではないが、いけるときにはBettyが一緒に会場入りして、録音していた。
PAミキサーからマルチで分けてもらい、PA音響が届かないような場所(backstage)で、2トラックにミックスしてアナログテープに録音していたようだ。

Rexが亡くなった後、77、78年ころは、バンドのcrewとしてツアーに一緒に行き、ギャラもちゃんともらっていたようだ。ボブ・ウィアのローディをしながら、録音も続けていた。この77/78年のツアーの Bettyboards は特に評判がいいようだ。

さて、1986年(New YorkerもRelixもオークションは86年だったと書いている。スケルトン・キーの記述が違っているのだろう)、ベティはテープと共に家財道具なども失うわけだが、当然その前にデッド・オフィスに窮状を訴えた。だが、オフィスは何もしてくれなかったと、本人は言っている。このあたりの経緯について、事務所側のコメントはまだ見つかっていないので、どういう事情だったのかはよく分からない。

テープは1000本以上、デッド以外にガルシアバンドとか、NRPSとかのライブ音源も含まれいた。
1986年といえば、ガルシアが昏睡状態に陥り、デッドが活動を停止していた時期である。ガルシアが倒れたのは7月で、カムバックショーは12月。
オークションは5月だったようである。

オークションでテープなどをせり落としたのは、主に3つのグループで、その後テープはそれぞれ複雑なルートをたどっているので、簡単には説明が難しい。
難しいが、86年以降、通称 Bettyboards というカセットが、デッドヘッズの間でトレードされるようになったことは間違いない。

(下の写真は70年代前半のBetty。右は Bob Matthews)


2016年9月7日水曜日

ラジカセとの相性:The Godfather parts 1&2


Internet archive というサイトには、デッドの Taper's 音源がそろっている。客席にマイクを立ててとったものや、soundboad 音源というのもある。
なんといっても70年代、80年代の話なので、録音は基本カセットである。マイクやその他いろいろ高級機器を使っているようだが、媒体はカセットテープがメインである。
CDで発売されているライブ音源に比べれば、音のバランスや分離はよくない。

先日、"9/3/77,Raceway park,Englishtown,N.J."のAudience音源を聞いたことは、前のブログに書いたが、その音の良さに驚いた。
CDの音源はバランスはいいのだが、客席のノイズが入っていないので、盛り上がりがいまひとつ伝わらない。
だけどAudience音源は、客席の反応が直に詰まっている。ときどき会話も入るのだが、よくわからないけど、「オオ、スゲエ」とか「タマラン」とかわめいているんじゃないかと思う。

手元にはナショナル製のラジオカセットレコーダーがある。PCにつないで、ネット音源などを聞くのに使っている。
このラジカセが、Audience音源と相性がいい。そのころ、北米のTaperたちは、クルマにラジカセ積んで、みんなで聞いていたんだと思う。

Deadbase には、DeadheadsやTaperたちの、それぞれのショーについてのレヴューも載っていて、読んでいると、「テープを聞いて」という表現が多い。
9/3/77のReviewのひとつはこうだ。Ross Warnerという署名。

 Oh,Englishtown,how do I love thee?---We all have that favorite tape.---I'm talking about the one tape you can put in the deck and each time its fresh. I'm talking about the tape that after each listening, you discover something new and poignant. It's like watching "The Godfather"Parts 1 and 2.---

なんで、まるで「ゴッドファーザー パート1&2」を見るみたい、なのかはいまひとつ謎ではあるが、まあそれだけすごくて、いつ聞いても新鮮で胸を打つものがある、ってことなのだろう。

このラジカセをネットで調べてみると、昭和56年製、定価41,800円。ウォー。もちろん自分で買ったものではなく、10年以上前に実家から、もう使わないからともらってきたものだ。カセットテープはもう手元にないが、ラジオとしてもまだ現役。うちの長男とほとんど年齢変わらず。スゴイ。

2016年9月6日火曜日

9/3/77:Hippie

2009年のアン・リーの映画「ウッドストックがやってくる」を見た。
ステージでの演奏シーンはない。ドキュメンタリーの映像を使ったりもしていない。
でも面白かった。なんといっても大量のヒッピーたちがすばらしい。こんなにいっぱい、エキストラを雇って、ヒッピーの格好させて。この映画の主役は彼らだ。
ステージは遠景でときどき現れる。たぶんCGだろう。コンサートをテーマに、こんな描き方もあるんだな。

少し前にオリバー・ストーンの「ドアーズ」を見た。こっちは1991年の製作で、映像はビデオを見ているようで荒かった(数年前にスカパーでやったもの)。
映画には演奏シーンがふんだんにあって、67年の Summer of love の説明に大量のヒッピーたちが登場。
クレジットを見てみると、製作にビル・グレアムがいて、きっとライブのシーンを仕切ったんだろうな、と思う。
68年、UCLAバークレー校のグリークシアターでの、演奏シーンがある。デッドがよく使っていたステージなので見覚えがある。ステージのバックにギリシア風のエンタシス柱が何本も建っている。
ところで、LAにもグリークシアターはあるのだった。長いこと、混同していたかもしれない。というか、北米各地に Greek theatre というのがあるようだ。

Facebook で流れてくるデッド系の情報に、"9/3/77,Raceway park,Englishtown,N.J" を覚えているかという話があった。
レース場に10万人(15万人という説もある)集めて、デッド、NRPS、マーシャル・タッカー・バンドが出演。デッドの演奏は、Dick's picks vol.15 になっている。
文句なしに、デッド史上最高の演奏のひとつ、とある。
Apple music には、そのアルバムはないので(手持ちもなし)、Internet archive で Audience 音源を聞く。いい。Farrr-out!

Facebook で、そのときの会場の映像を見ることができる。演奏シーンはなく、記録用にスタッフが撮ったものだ。ステージ上からみた客席、ステージ袖、バックステージなどが何の説明もなく、だらだらと流れているだけなのに、なんだかワクワクしてくる。
ここにも大量のヒッピー、デッドヘッズたち!
39年前のこの日、自分はどこにいて、何をしていたんだろうかと考えてみる。何も思い出せないが、21歳の誕生日を前に、茫然自失していたことは間違いない。



2016年9月1日木曜日

All Dead program


さて、カウントダウンも終わりに近づいてきた。
何か特別なことを、と思ったが、普段できないことは、いま急にできるわけがない。

*「池澤夏樹個人編集日本文学全集」全30巻を読破してみる(まだ刊行中だ)。
*"Long strange trip / The inside history of the Grateful dead"(本文620p)を最初から最後まで読み倒す。
*Bob Dylan のアルバムを、デビューから最新作まで全45枚(?)を、順に聞いてみる。
*片岡義男全著作電子化計画で公開されている全作品(現在200作品)にトライ。

まだまだたくさん思いつけそうだが、特別なことは、むずかしい。

これまでに買い集めたデッドのライヴアーカイブ、スタジオアルバムを手当たり次第に聞いてみる、というのはどうだ?これならできそうじゃないか。
デッドのアルバムに関しては、途中まではリストを作っていたが、ストリーミングでたくさんのアルバムが聞けるようになって(先日、ついにガルシアのソロワークもストリーミングのカタログに入った)、リストの意味は薄れてきた。

10年近くで集めたアルバムはどれくらいなのかよくわからない。ダウンロードして、ディスクに焼いたもの、PCに入れっぱなし、などなど、様々な形態のまま保存されている。
そいつらをかたっぱしから聞いてみよう。名付けて"All Dead program"。
これならできそうだなー。60周年記念特別企画。

今月の1首
ああ楽しかったと言えるその日までザッツオーライ デッドと過ごす