2012年12月18日火曜日

cheek to book:生きたまま葬られ

今週の朝日歌壇から

五十年貸出記録なき本に廃棄の印を黙々と押す / 石原和美

それはどんな本かと想像してみる。
書いた人、作った編集者、出版した人、それぞれの思いはあったろうけど、どういうわけだか、誰も手にとってくれなかった。誰も家に持って帰ろうとしなかった本のことを。

最近の図書館の蔵書は全部データベース化されて、パソコンで検索できるようになっている。個人全集などは開架書庫に並んでいないことも多いので、検索して奥の閉架書庫から出してきてもらうこともある。

奥の方から出てきて、読まれた形跡があまりない本などを手にすると、なんだか愛おしくなって、本に頬ずりしたくなってしまうような気持ちになったことはないですか?

廃棄処分になって、図書館のロビーに並んでいた本を、あちこちで何冊ももらってきた。たいがいは、手あかにまみれた本だけど、なんだかまだ本のまま、置いておきたくて、自分の書棚に並べる。いつか読もうと思って、でもやっぱり読まれないまま、ずっとそこにいる。それはそれで、本の一生としては、悪くないことなのかもしれないけれど。

2012年12月14日金曜日

Brown leaf:生きているのか、死んでいるのか


先週の朝日歌壇から

はじっこから自分が茶色になってゆく気持ちを教えてギボウシの葉よ / 大塚泰子

まずもって、茶色くなったけど、まだ幹にくっついている葉は生きているのか、死んでいるのか、という疑問が浮かんでくる。
生きてはいたいけど、もう寒くなってきたし、根っこの方から水分の補給は断られるし、いいことはなんにもないので、そろそろかなー、なんて気分でプラプラしているところ、かも。

詳しいことはあんまり書けないので、なんだが、なんだか忙しいのである。仕事があるのは、ありがたいことで、文句なぞ言っている場合じゃないから、なんにも言うことはないのだが、なんだかな、寒いな、なんだか雪がたくさん降るじゃないか。

ちょいと気になって、Chris Robinson Brotherfood というバンドのライブをダウンロードしてみた。ちょっと期待していたんだが、ちょいと期待はずれだったかも。うーん、むずかしいですよ。いろいろ、と。思うようにはなりませぬ。

サム・クックの特集(12/6、Big special)を聞いていたら、デッドがカバーしている曲が2曲出てきた。"Little red rooster"と"Good times"。前曲は、ボブの定番だけど、後の曲は、デッドの後期のショーで、たまに出てくる。
へー、そうかあ、知らなかったぜ。

知らなかったと言えば、デッドはストーンズの"Last time"をカバーしていて(3/22/1990)、これの元歌も知らなかった。ストーンズ初のオリジナル作品のヒット、らしい。なるほど。キース・リチャーズが、これで作曲のコツをつかんだ、という自慢の曲、であると。ふーん。

2012年11月29日木曜日

football etc.:ドイツだめ、日本だめ、プレミアいまいち

フットボールの近況。
ドイツ。
ドルトムントはCLで絶好調、中継を見るたび、なじみになった選手たちの躍動に感激。だけど、国内リーグの中継はほとんどない。オレはどうすればいいのだ?
ニュルンベルクは勝てなくなった。乾はときどきがんばるけど、応援したくなるほど気持ちが入らない。

日本。
岐阜はかろうじて残留に。先は険しいだろう。お役人の社長がどこまでやれるか。否定はしないけれど、山は高いだろう。
名古屋のストイコビッチは契約を延長した。田中マルクスをフォワードで使い続ける限り、見る気にならないのはどうしたことか、自分でも不思議だがどうしようもない。
広島や仙台、鳥栖を見ていると、サッカークラブに必要なものはなんなのか、だんだんわからなくなる。

プレミア。
リバプールは、あいかわらず勝てません。得点源がスアレスだけじゃ何ともならず。シンチャンのいないユナイテッドを応援する気にはなれず、ベニテスに監督が替わったからといって、チェルシーの歌を聞く気にもなれず。

サッカーファンの憂鬱。
お金をかけなきゃ強くなれない。お金をかけたからって強くなれない。


2012年10月26日金曜日

To say nothing of the dog:不思議な文体

多和田葉子の「雲をつかむ話」という最近の本を読んだ。
あいかわらずドイツが舞台で、誰が主人公、ということもなく、特にストーリーがあるわけでもなく、でもなんだかすいすい読んでしまう不思議な文体にはまったけれど、終わりまで来て???だったり。
どこがどう面白いのか、というような分析にはあまり興味がわかないけれど、こんな小説が存在する、ということだけでなんだか励みになります。

写真に写っているもう1冊はコニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」というタイム・トラベルもので、この前同じ作者の「ドゥームスデイ・ブック」を読んで、結構気に入ったので、その続編というわけ。
まだ途中ですけど。今度もイングランドのオックスフォードが舞台で、マップで航空写真など眺めながら、とつとつと楽しんでます。


2012年10月18日木曜日

sun rise,sun set:ぷらぷら自転車散歩


カメラ小僧ではないけれど、日の出や夕焼けの写真をときどき撮っている。スマホについているカメラなので、絞りやシャッタースピードをマニュアルで調整できない(できるのかもしれないが、よくわからない)。だから不思議な写真がときどきできあがる。そいつらをEvernote に並べておく。

美しい朝焼けに出会うためには、今は5時すぎには家を出なければならない。それなりに寒いし、真っ暗だ。それでも、近所の川や、長良川の堤防には、すでにウォーキングやジョギングをしている人たちがちらほら見えるし、夫婦ふたりで散歩している年配の方々(たぶん。暗くて顔がよく見えない)も見かける。
たいがいの人たちは、太陽が顔を出しても、あまり気にかけてない。別に太陽を拝めとは言わないけれど、もうちょっと気にしてやってもいいんじゃないかと思うときもある。

自転車に乗ってぶらぶらしている人はあまり見かけない。ツーリングは昼間にするものなのだ! と言われてしまえばそれまでだが、ぼくの場合はツーリングなんてものじゃなく、単なる自転車散歩なので、テールライトとフロントライトを点滅させながら、ぷらぷらと走っているのである。

いまから40年ほど前の、中学生、高校生だったころにも、夜中や明け方によく自転車散歩をしていた。基本的に朝方勉強パターンだったので、3時か4時ころ起きて、ラジオを聞きながら勉強の真似事をし、飽きてくると自転車に乗ってぷらぷら近所を走りまわっていた。

そんなわけで、そんなころによく聞いた音楽ばかりをどーんと集めて、iPod に入れ、シャッフルにして聞いてみた。
エルトン・ジョンや、3ドッグ・ナイト、ジョン・レノンやら、S&G、その他いろいろをとりまぜて聞いてみる。なんだかわからないが、ぜんぜんたいしたことがない。

ついでに入れてみたボニー・レイットの新作やルーマーの歌のほうにココロがうごめく。
ピアノだけをバックにボニーが歌う「God only knows」(ビーチボーイズの曲じゃないよ)がマジックアワーの薄闇には、よくあう。

Well God only knows that we can do
No more or less than he'll allow


2012年10月4日木曜日

Born to live:わたしには夢がない

行政書士会の研修に出た。「マーケティングを学ぶ」というテーマで、経営コンサルタントの先生が話をしてくれた。年商2000万の夢を持て、という。
最初は興味ぶかく聞いていたが、だんだん気持ちは離れていった。
なんといってもぼくには夢がないのだ。夢がなくても生きていける、というテーマをいかに実践していくか、日々つらつらと考えているような人間に、夢を持て、という講義は馬の耳に念仏、豚に真珠、犬に論語、のたぐいである。

自分の中での人生設計では、余生はあと15年くらい。
世界1周旅行も、ベンツも別に興味はない。(まったく何もないというのは、変でしょうといわれれば、ドイツのフースバル・シュタディオンめぐりには、行ってみたいという希望くらいはあるけれど)

死の床で自分は何を後悔するのだろうかと、ふと考えた。
「読みたかった本、聞きたかったレコード、見たかった映画」。
ラストソングは何にするか、真剣に悩んだりしているが、たぶん仕事のことは何も考えないだろうと思えるほど確信的に浮かんでくる。

自分の、仕事に対する基本のコンセプトのようなもの、を書き出してみた。
*楽しんでやること
*手を抜かないこと
*人と違うことをする
*考えすぎないこと

最後の「考えすぎない」というのは、仕事がなくても考えすぎるな、というようなことかもしれないし、まあ、あってもなくても、ほどほどに仕事をして、ほどほどの暮らしをして、ほどほどに死んでいくのがいいのではないか、というようなことだ。
そういうレベルでいろんなことを考えたいと思っている。

「自分は死ぬまで生きるために生まれてきたのである。それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
たらちね国際大学の桑潟幸一準教授はそう語るのであった。ザッツ・ライト。(奥泉光「桑潟幸一準教授のスタイリッシュな生活2・黄色い水着の謎」より)

(この文章は仕事のサイトのために書いたけれど、結局ボツにした。新たに営業スマイルを持って書きなおしたが、どこがどう違うのか、誰にもわからないだろう。
58才、大阪のドラマーの死は、確実にいまの自分をゆさぶっている。
「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」という話なら、もう少し肯けたろうけど、すこし残念だ。)


2012年10月3日水曜日

Spring has come:ボックスセットがやってきた


9月23日、午前中は雨で、外で仕事をすることもなく、寝っ転がって本を読んでいると、玄関のチャイムが鳴った。
郵便局の人が段ボールをかかえて玄関に立っていた。

そうやって Spring 1990 Box は、やってきた。
ケンタッキー州の Shepherdsville というところから(CDの実際の製作は Rhino records だから、そこの工場かなにかなのかな? 地番をマップで見ると大きな建物が写っている)、ドイツ経由ではるばる日本まで、かかること23日。なんでやねん、と突っかかりたい気持ちを押さえて、郵便局の人にお礼を言う。
実はその日の朝、Dead.net のカスタマーセンターに、まだ届かないんだけど、どうなっている? というようなメールの下書きを書いたところだった。

北米以外の国には、DHL Global Mail Service というので、だいたい2週間ぐらいで届く、とサイトには書いてある。
DHLはもともとサンフランシスコの運送会社だったのが、ドイツ郵便に買収されて、今はドイツ系なのらしい。そういうことも調べた。
で、段ボールに貼りつけてある送り状は、ドイツ語なんですよ。うーむ。
なんで、そういうのを、日本郵便が配達してくれるのか、そういうところはぜんぜんわかりません。ネットで調べた限りでは、DHLの荷物は、国内ではヤマトが扱っている、なんて書いてあったし。

ケンタッキー州を出た段ボール箱が、大西洋を渡り、ドイツのフランクフルト空港あたりに(まあ、たぶん)しばらくとどまって、そこから極東へ向かう他の荷物と一緒に成田か、どこかにやってきて…

ま、いいんです。届いたから。なんの問題もありません。
といいたいところだったが、18枚あるCDのうちの1枚が、半分くらい割れていて、CDプレーヤは動いてくれない。
うーむ、む。

で、また、カスタマーセンターにメールした。Google の翻訳の助けを借りて、メールを書いた。
代わりのCDを送ってくれるらしい。うれしい。でも、当たり前か。
"I appreciate your quick response. "
なんて書いてお礼のメールも送って。
これでCDが届かなかったら悲しいけれど。

デッドの演奏はもちろん、言うことなしです。
人によって好みはわかれるだろうけど、80年代後半のデッドが、個人的には大好きだということが、最近よくわかってきたので、このボックスは、宝物のようなもの。
56才にして、宝物をひとつゲット。うれしい。




2012年9月14日金曜日

Peace song:LP復活


LPでしか持っていないアルバムはまだまだたくさんあって、そのうちCDか、ダウンロードで手に入れようと考えてはいるけれど、新しいレコードにだって当然興味は行くので、いつまで経っても古いレコードはLPのまま、いつの間にか地袋の中に収められてしまっていた。

でも、ときどき、どうしても、やっぱり、聞きたい、というレコードがあるのだ。文句なしに。

先日のピーターさんの番組で、ひさしぶりに Jesse Colin Young のライブを聞いた。「On the road」という77年のレコードだ。A面3曲目、「Peace song」のベースラインが、頭から離れなくなった。どうしてもレコードを聞きたくなった。

LPプレーヤーは、実はまだ動くのである(30年以上前に買った)。アンプも健在(こっちは25年くらいかも)だ。でも、セットはしてなかった。家庭内引っ越しのときに、LPは重いから、2階まで上げるのがうんざりだったのである。だから、地袋の中に隠した。CDを買え、ダウンロードしろと自分に言い聞かせた。

でも。やっぱりLPはいいのだ。物置にあるベニヤなど適当に組み合わせて台を作り、セットする。プレーヤーの針を乗っけたり、上げたりは面倒だけれど、やっぱりでかいジャケットを手に持って、音楽を聞く、というのは、からだに染みついてしまった感覚である。

ジェシコリ(とぼくらはとうぜんのように呼んでいた)のあと、John Hiatt/Bring the family,Neil Young/Old ways,James Taylor/JT,Eagles/One of these nights など、止まらなくなる。

Nocturnes:シンガーソングライターは嫌われる


カズオ・イシグロの「夜想曲集」という短編集を読んだ。
カーヴァーを思わせるような、シビアでしかも滑稽な話とか、音楽にまつわるいろんなシチュエーションをうまく切り取った短編が並んでいる。

「モールバンヒルズ」という話には、シンガーソングライター志望の若者と、ドイツやオーストリアなどのレストランや街角で演奏をしている夫婦が出てくる。
若者はロンドンでいろんなバンドのオーディションを受けるのだが、自作の曲をやるとみんなそっぽを向いてしまう、というエピソードに笑った。きっとそういうものなんだろうな。

隣に並んでいるのは集英社の「コレクション戦争と文学第2巻ベトナム戦争」。小田実や開高健、吉岡忍、辺見庸、村上龍など、むかしよく読んだ人たちの短い作品が並んでいる。
読んでみると、なつかしい。こういう作品に対して「なつかしい」という感想ですませてしまうことには抵抗もあるだろうが、それなりにこの人たちの文章を読んできたのだということを、ただなんとなく確認したかっただけなのかもしれない。


2012年9月7日金曜日

In dreams:そこに物語はない


#8月25日の朝日新聞朝刊の「オピニオン」に、宇野さんと、小池さんというともに78年生まれのふたりが、「オウムは終わったのか」について、意見を述べていた。

ちょっと長いけど引用する。『宇野常寛/自分と世界結ぶ「革命」の限界』より
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そもそも現代における社会正義とは、現体制の枠内で社会システムの効率と公平さを追求することです。これは「革命」のように、それに参加する一人ひとりの人生を意味づけ、高揚させてはくれない。そこには「物語」がないからです。
たとえば日本の反原発運動も「原発で一部の集団が得る利益に比べ、国民全体が被るリスクが大きすぎる」ことへの異議申し立てで、究極的には効率や公平の問題と考えられますし、だからこそ比較的広範な支持を得ていると僕は考えています。逆に、僕は反原発運動に資本主義批判など旧来の左翼思想的な物語を持ちこめば持ちこむほど支持を失うと考えています。
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はあ、なるほど。そういうことだったんですねえ。

*今朝夢を見た。20年前、いつも一緒に遊んでいた仲間だったふたりが、夢の中に現れた。ぼくらはあのころと同じように、酒を飲んだり、音楽を聞いたり、まあ、そんなようなことをしていた。

猫に起こされて目が覚めた。ふとんの上でしばらく呆然としていた。ぼくは彼らをほんとうに失ってしまったのか、それともまだ…

ぼくらのやったコンサートに意味づけはなかったし、物語もなかった。
(そういうことをちょっと確認しただけです。自慢するようなことでもないです。)

でも、あいかわらず、そんな「物語」にあふれているコンサートが多すぎるような気がするし、「これであなたは変われる!」みたいなノリのコンサートが多いような気がする。
(気がするだけで、そうなのかどうかはよくわからないが。もうずっとコンサートに行っていないので。)

あれは、あのコンサートは「夢」じゃなかったし、「物語」は持ちこまなかったし、「過剰なほどの自己変容への欲望」でもなかった。
単なるコンサート、だった。

#一方の小池龍之介さんは、
『本来、仏教は「人生や自分の存在に価値などない」と説く。現実認識で、冷徹さがある。』『自己実現や生きる意味を探す人はまだまだ多い』と言っている。

松本人志も言っているように、「自分探しなんてやめたらええねん」。
探しても見つからないものを、見つけようとするから、訳のわからないものにひっかかるんじゃないの?

ちょっと結論の見えない展開になっちゃいましたね。要するに、言いたいことなど特にないんです、どっちみち。


2012年8月23日木曜日

city street:夏の朝


ビーチボーイズは日本から帰ったんだろうか?見たかったな。でも、ぼくなんかのような、ちょっと距離を置いたようなファンは、行かない方がよかったかも。

8月始めに健太さんが特集していた番組を聞きながら、夏の朝、自転車散歩をしていた。今まで、マイク・ラブにぜんぜん興味がなかったのに、その甘いヴォイスに、なんだかとてもせつなくなってしまった。
それは誰にも否定のしようのないビーチボーイズの大事な一面であり、そっちが大好きな人たちもたくさんいるってことだ。

健太さんのはしゃぎぶりを、ツイッターやフェイスブックなどで見ていると、そんなに大好きなバンドがいるってこと自体にまたうらやましくもあり。

これは内緒でもないけれど、8月31日にデッドのボックスが発売です。
"Spring 1990"。CD18枚セット、6つのショーをパッケージ。もうなにも言うことありません。
自分の誕生日プレゼントに、すぐに予約した。200ドル。この先、しばらくアルバムは買いません。約束します。だから、お願い!!

"Never let me go" その後。映画のエンドクレジットを眺めてみた。
作者は Luther Dixon、歌っているのは Jane Monheit、そしてプロデューサーはなんと George Drakoulias。
Luther Dixon は1931年生まれのソングライター・プロデューサーで、
"16 candles"や"Baby,it's you"(ビートルズもカバーしてた)の作者だそう。
映画の、カセットテープを聞くシーンをリプレイしてみると50年代終わりから60年代初めころの、甘い女性ボーカルの声。ちょっとフィル・スペクターが入っているような、「アメリカン・グラフィティ」に流れてくるような。

2012年8月22日水曜日

Never let me go:オススメでもない本のこと


1.図書館で何気なく手にした「途方に暮れて、人生論/保坂和志」。
この作者はぼくと同じ年である。だから、どうというわけではないが、気になる存在ではある。
人生論にも、世代論にも別に興味はないのだが、そうだなー、と思うところがあったので、勝手にピックアップ。
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「なになに世代」という呼称を持たずに来てしまった私の学年は、傍から見たら特徴がなく、傍から見て特徴がないということはじつは本人たちにとっても特徴がないということなのだけれど、それゆえ語るべき特徴に守られず、「個人レベルの人生とは特徴がないものだし、あったとしてもたいしたものではない」という<真実>を、抵抗なく受け入れることができる。人生とは人からラベリングされるようなものではない。もともと人生に貼るラベルなんて存在しない。
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なんだか、言っていることはよくわかんないかもしれないけれど、この少し前に「自分の人生においてすら、自分が当事者であることは些細なことなのだ」というフリがあって、まあこんな展開になっているんだけど。

まあ、なんというか、いつも自分の現実の生活に、現実感のようなものを見いだせないまま生きているようなぼくなどは、要するに当事者意識が欠けてますねん、ということなのだろう。

2.しばらく前に映画を見て、それから原作を読んで、その切なさに胸を締めつけられっぱなしだった「わたしを離さないで/カズオ・イシグロ」。
音楽が、というか1本のカセットテープがこれほど、大事な小道具になっている小説もめずらしいかも。本の表紙もカセットテープだ。

ネットで調べてみると、いろいろ出てきた。
作中の"Judy Bridgewater"なるシンガーはフィクションで、実はムラカミハルキが作者のイシグロに贈ったダイナ・ワシントンのアルバムに入っていた曲がモチーフになっているらしいとか、この曲を入れたステイシー・ケントというシンガーの2007年のアルバム「市街電車で朝食を」には、なんとイシグロが作詞した曲が何曲か入っているらしいとか、なんだかどんどん小説から離れてしまって、収拾がつかず。

3.音楽と小説、というお題で手にした「アンダー・マイ・サム/伊藤たかみ」。作者の名前も知らなかったけれど、タイトルだけで借りてみた。

なんでもいいから頭の中を小説で満たしていたい、というような、というか実はもっとせっぱ詰まった、考えることを停止したい、というような状況が、夜中の1時ころに突然やってきて、4時ころ眠くなったときには、この本を読み終えていた。
なんだ、これ。どこが、ストーンズやねん。
もちろん、そんな連想をしたぼくがアホやったんですけど。

Venus again:シーズンのスタート


忙しいのかヒマなのかよくわからないまま、それとも暑さで頭がぼけているのか、気がつくともう8月も終わりだ。
オリンピックが終わったのはいつだっけ? ユーロのことは書いた?

もうそんなことはずっと昔のこと。いよいよ、シンチャンの加わったユナイテッドのシーズンがはじまる。だけど。自慢じゃないが、ユナイテッドを今まで応援したことがない。問題はそこにある。プレミアは今でもやっぱりリバプール・サポなので、今さら気持ちは変わらない。今シーズンも、リバプールはやっぱりダメかもしれないけれど、ダメなやつほどかわいいって言うじゃないか。

香川シンチャンとルーニーがボールをこねている姿が、どうも現実感を伴わない。これから、だんだん現実になっていくのかもしれないが。
開幕戦は予想どおり、攻撃陣がかみ合わず、守備はぼろぼろで、エバートンに負けた。

で、ブンデスリーガはどうしようか、考える。どこのチームを応援するのか。ココロはドルトムントにあるのだけれど、シンチャンがいなくなったとたん、中継はなくなるのだ。そういうもんさ。今さらテレビ局を恨んでも仕方ない。せっかく選手ともなじみになって、監督の癖にも慣れたのに、また違うチームを追っかけなきゃいけないのかな。

清武のニュルンベルクか、乾のフランクフルトか、候補は絞ったけれど、問題は中継があるかだねー。

このごろの朝、目が覚めて外に出ると、金星が出迎えてくれる。3年前、キンボシに願をかけていたことを思い出した。
今シーズンのキンボシはどのチームに輝くのか、お楽しみがスタートする。

2012年7月20日金曜日

lost records:1977年の夏にはあったもの

前回のブログに書いたリクエスト曲のうち、最後の Tom Jans のレコードは、かつてLPを持っていたけれど、焼失して以来一度も聞いていないレコードだった。
そういうレコードたちのことをこのごろふと思い出す。

当時何枚くらいのLPを持っていたのか、思い出そうとするが、アバウトな記憶では確かな数字は出てこない。たぶん、200枚前後ではないかと思うのだが、確証はない。
そのリストを作ってみるかと考えてたことはあるが、なんだかむなしい作業にも思えるのでやったことはない。

Tom Jans のレコードと同じように、あれからたぶん一度も聞いていないレコードのことを思い出してみようと考える。

ずいぶん古い本だが、手元に「ロック・アナログ名盤1967-1977(シンコー・ミュージック)」という本がある。なんのことはない、むかし出ていた音楽月刊誌「Music life」の新譜アルバム紹介コーナーをそのまま復刻したものだ。
ぼくがLPを買い始めたのはたぶん1970年ころだから、ぼくが買ったLPは、輸入盤でない限り、この本に載っていることになる。



まず1972年に買ったものを調べてみる。
「おせっかい/ピンク・フロイド」。
「ウィングス・ワイルド・ライフ」。
この2枚の収録曲は、それなりにラジオなんかでも聞いているから、今回のリストに入れるのはちょっと無理か。

○「対自核/ユーライア・ヒープ」。うーん、ちょっと恥ずかしい。こんな趣味もありましたね。これはあれから一度も聞いていない。自信はある。

「イート・ア・ピーチ/オールマン・ブラザーズ・バンド」。LPもCDも買い直していないけど、音源そのものはいろんなところで聞いているので、これは対象外。

○「百眼の巨人アーガス/ウィッシュボーン・アッシュ」
○「危機/イエス」
この2枚は自信あり。イエスは「こわれもの」も持っていて、これはあとでCDを買い直したが、「危機」はたぶん一度も聞いていない。

72年で3枚か。案外ありそうでないもんだな。

2012年7月14日土曜日

Seventies child:リクエストの日々

FMの深夜番組 Big special に萩原健太さんが登場すると、リクエスト大会になることが多く、何度か続けて、リクエストをしている。
どういうわけかだか、たびたび採用してくれて(たぶんFM岐阜のリスナー代表のひとり、みたいなかんじで取り上げてくれているのかも)、ひそかににんまりしているこのごろ。
いつもつきあってくれる健太さんにお礼を!
以下は採用された曲のリスト。

3月2日(午前1時08分) Mr. Monday / The Original Cast

3/29 (1:36) Sometimes / Grin

4/19 (1:52) Against the Wind / Bob Seger

5/31 (1:02) Survival / Marc Jordan

6/21 (2:17) Home Thoughts From Abroad / Clifford T. Ward

7/12 (3:47) The Eyes Of An Only Child / Tom Jans

別に意識的にそうしたわけではないのに、こうやって並べてみると、ほとんど全部70年代の曲なのだった。
70年代の子、なんだね、やっぱり。

サッカーのヨーロッパ選手権は思いっきり楽しませてもらいました。
ドイツがイタリアに負けてしまったのが、最大の番狂わせか。それも、あの超攻撃的サッカーのイタリアに、ぐうの音も出ず。
しかし決勝でそのイタリアを粉砕したスペインは超攻撃が、超守備につながるという理論を見事に実践したようで、すばらしい。
終わってみればスペイン優勝で、ドイツは準決勝敗退というのが、いまのEUの経済情勢を考えれば、それでよかった、ということかもしれない。過剰債務で苦しむスペインやイタリアが、サッカーではドイツより強いぞ、というのが、落としどころとしてはよいのかも。


2012年6月26日火曜日

We can work it out:全部字あまり

6月25日の朝日歌壇から

突っ返された履歴書丸めて雨の中ジョンと歌おう"Life is very short" / さいとうすみこ

6*8*5*7*? ほとんど全部字余り。英語の部分はどうやって字数をカウントするのだ? 日本語カタカナ表記? 音節数?

"Life is very short"というメロディはすぐに浮かんでも、この曲のタイトルが浮かんでこなかった。結局ビートルズ赤盤を眺めて、やっと思い出した。老化どころか、退化であるな。

このごろはサッカーのユーロ選手権で忙しい。どうやらドイツ対スペインの決勝になりそうな気配だが、イタリアも侮れない、実は。
イングランドはイタリアに負けてよかったと思う。あんなサッカーで準決勝では、世界に恥ずかしい。もう一度、監督を替えて出直してこい。

優勝予想はもちろん、ドイツである。今のスペインには、10年のWカップを制したときの勢いが感じられない。熟成した強みはあるけれど、トーレスの不調が最後の最後に、ネックになるような気がするぞ。

2012年6月9日土曜日

song of P.F.Sloan:30年の隠遁生活



萩原健太さんのお薦めだった Rita Wilson か、Rumer か迷って、Rumer のアルバムをアマゾンで購入(同時に買ったのは、Bonnie Raitt の新譜と、Tedeschi Trucks Band Live)。

パキスタン生まれのイギリス人女性シンガーの2枚目。ぜんぜん知らない名前だった。ボーナストラックを含めて全16曲が、70年代のカバー。ほとんどが、無名の曲ばかり(Paul Williams や Neil Young は、有名だな、それに Hall & Oates の曲は大ヒットかな)。

アルバム1曲目は、Jimmy Webb の "P.F. Sloan"のカバー。オリジナルは1970年だ。知らなかった。この曲のことは。PFスローンの名前はもちろん知っていたけど、「孤独の世界」で覚えていただけ。
彼は60年代後半のダンヒルレコードでソングライターをしていた。
"Eve of destruction"の作者でもある。
60年代の終わりごろに、業界から姿を消したようだ。以来30年間ほど、隠遁生活。病気がちだったという記述もあるが、詳しいことはわからない。00年代になって、復活のアルバムを出したようだ。

I have been seeking P F Sloan
but no one knows where he has gone

こんな歌もめずらしい。実在の人物の名前(といってもペンネームのようだが。母親がルーマニア人だったか)を歌のタイトルにするなんて。

yes, but you just smiled and read the rolling stone while he continued singing
aww yes now a listen to him singing

ネットで調べると、ぼくの大好きな Jennifer Warnes も、そのむかしこの曲をカバーしていたし、ずっと最近になって、作者の Jimmy Webb と Jackson Browne のデュエットというのもある。Jackson が自分のライブで歌う音源も聞いた。

こんなに歌われて、隠遁生活を続けるのは、大変だったかなあ、と同情してみたりする。
潜在的隠遁生活願望を持つぼくのような人間には、30年間は魅力的だ。もちろん、20代のころに作った曲の印税があったからこそできた隠遁生活だろうけど。

Rumer のアルバムの方は、なんというか、声がちょっと甘く、ときどきカレン・カーペンターに聞こえるときもある。カレンの声に、リンダ・ロンシュタットの選曲センスを混合して、カーラ・ボノフの西海岸フレーバーをふりかけると、Rumer のできあがり、なんて書くとほめすぎかな。
朝の自転車散歩のBGMには最適です。

あらためて youtube を見ていたら、こんな映像が出てきた。
http://youtu.be/WYRD0ZTeYrw
Jimmy Webb と Rumer の共演。2012/5/15公開だから、最近の映像だと思われます。

2012年4月10日火曜日

Lost city radio:希望はなく、絶望もなく


ダニエル・アラルコンというペルー系アメリカ人の長編を読む。
タイトルにもあるとおり、ラジオは物語の大事な要素のひとつだ。文体はソリッドで、時系列は入り組み、改行だけで場面が変わっていく。
舞台は内戦を繰り広げている南米の架空の都市。毎週日曜日の夜、国民のすべてが耳を傾ける番組「ロスト・シティ・レディオ」がはじまる。

ラジオ、ラヂオ、レディオ。
萩原健太、木崎義二、小倉エージ、大瀧詠一。最近ラジオでその声を聞き、彼らの選んだレコードをたくさん聞いた。いったいどうしたんだろう? どうして急にこんな人たちがいっぺんに出てきたんだ?

ラジオ、ラジオ。ぼくのラジオレコーダーは大忙し。

2012年3月30日金曜日

Sideline 2:45年という時間の感覚

去年の暮れに不要品として出てきたは、ときどきストーブにほうり込んで、何とか5俵分は燃やしたが、まだたくさん残っている。
俵は地面の上に積んだままだったので、半端物の薪を収納するボックス(と自分では呼んでいるが、他の人には単なる薪小屋だ)の中に移動した。
俵のまわりを包んでいたビニールや段ボールをはがし、風通しをよくした。そのとき出てきた荷札には、「昭和40年」と「42年」の日付があり、ほとんどは岐阜県吉城郡産だったが、2俵は岩手県産だった。


昭和42年は1967年、今から45年前だ。火にくべれば、ちゃんと炭として役目を果たしている。残念ながら、炭本来の役目ではないかもしれないけれど、「熾き」となって、ストーブの保温には役には立っている。すばらしいことだが、なんだかとても不思議な気持ちになる。

今週のBig special は、50年代から70年代までのラジオヒッツと称してシングル曲をかけまくっていたが、そういう音源を聞くたびに、自分はそこにいたとも思えるし、いなかったとも思える、不思議な感じがしていた。45年間という時間の感覚が、この炭によって現実のものとして、目の前に提示されているのを受け入れるのはむずかしいことのように思える。

先月から続いていた薪運搬のミッションは無事完了した。自分ひとりではしんどいので、仲間の人も呼んで、負担を減らした。
まだ寒いので、薪は消費している。ということは、消費した分だけ、穴埋めをしていかないといけないので、まだ薪仕事は続いていく。
なにもなくなった場所の証拠写真を撮る。

2012年3月13日火曜日

Marketing lessons:ここにヒントはない



「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」という本を読む。
2010年に、アメリカで出た本の日本語訳だ。日経BP社というところから出ているので、冗談ではなく、ちゃんとしたマーケティングのハウツー本である。しかも、糸井重里監修である。

ブックデザインはなかなかよく、本文の紙もむかしの宝島みたいな、わら半紙(もう死語かな?)を使っていて、装幀は悪くない。

でも、内容はサムイ。とっても。
デッドが唯一無比のバンドだったってことは、アメリカ人ならみんな知っているはずだし、彼らが特別だってことは、そこがスタート地点なんだから、もう、いまさらなに言ってんだか…って感じ。

この手のハウツー本は、わたしには理解できません。デッドヘッズやデッドのアーカイブの存在を知らない人たちには、有効な本かもしれないけれど。

少し前に初めて電子書籍を買った。"Growing up Dead:the hallucinated confessions of a teenage Deadhead"(2009), 9.66ドル。80年代にデッドヘッズになった若者の告白、です。まだ、進んでないけど。

2012年3月6日火曜日

worte der woche:今週の言葉

1.高橋源一郎 / 「あの日」以来、ぼくたちは、二つの「正しさ」の前で選択を迫られることが多くなったように思える。あなたは「原発推進」派ですか、「反原発」派ですか? / 「午前0時の小説ラジオ」 Twitter/takagengen /2012/03/04-9

2.上野千鶴子 / 弱者に想像力を持つためには、自分自身が弱者でなければならない理由もありません。 / 朝日新聞 2012/3/3 be b10
3.鴻上尚史 / 客が来なくなったときに別の人生が始まるということ。50代には50代の生き方、70代には70代の生き方がある。どう生きていくかということがテーマ。 / 朝日新聞degital アイタイキモチ 2012/3/5

4.中川栄治 / 何度でも何度も何度も振り返り小さくなりし社を見て辞する / 朝日歌壇 2012/3/5

こうやって拾い出してみると、朝日新聞の回し者みたいだぜ。

最近のぼくですか?
先週は Big special の、Jimmy Webb 特集にしっかりはまり、萩原健太氏へひさしぶりにリクエストのメールを書いた(ちなみにリクエスト曲は、ウェブさんとはぜんぜん関係のない Original Cast / Mr. Monday <1970>)。3月2日の午前1時8分ころに、この曲は流れた。リクエストネームは「Unsung radio」。

日曜日には2年ぶりくらいに、FC岐阜のゲームを見に行った。今シーズン開幕戦だ。残念ながら、ちゃんとプレーできているのは服部だけ、というような期待のうすい展開ではあったけれど、とりあえず負けなかったことはよしとしなければいけないね。

Dead.net から、アーカイブの新しいシリーズ「Dave's Picks Vol.1」が届く。5/25/1977のショーだ。この時期のデッドの演奏はやはりすばらしい。このシリーズは通し番号入りで、うちのはNo.2672。

たくきよしみつの「裸のフクシマ」を読む。川内村の獏原人村のことが書かれている。朝日新聞(まただ)の「プロメテウスの罠」に少し前に出ていた。そっちでは、ヒッピーとか、コミューンとかの表現は一切なかったけれど、40年ほど前にそこに住み着いた人たちは、たしかにそういうふうに呼ばれていたようだ。

それから、NTPを再開する。今回は血圧計を2個送った。あれからそろそろ1年だ。何が正しいことなのか、ますますわかりにくくなってきた今日このごろ。

あとの、ヒマな時間は丸太を担いでいた。
今シーズンの花粉症はまだやってこない。

2012年2月28日火曜日

The music of chance:丸太を担ぐ

またまた更新が止まったままに。仕事が忙しい、ってわけでもないけれど、なんだか毎日、忙しいことは確かなのである。PCの前にはそれなりの時間、座ってはいるけれど、ブログの文章を書いている時間はあまりないのかも。


さて、今回のミッションは、この薪である。堤防の下の河川敷に、1メートルくらいに切られた雑木が積んである。去年の暮れから、ときどき見かけて、気になっていた。持ち主がいないかといつも探すのだが、人がいたことがない。

ある日、持ち主探索をしてみた。持ち主と思われる人に連絡すると、いいから持って行け、という。ずいぶん気前がいいのだなと、感謝。

現場に行って、薪の山の前に立って、納得がいった。トラックは近づけない(堤防の上に見えているところまでだ)。担いで堤防を登るしかないのである。
写真で見ると、なんでもない坂のようにも見えるが、歩数でいけば20歩以上はある。階段も何もないから、踏ん張れず心もとない。

一日目、トラックに一杯分運んだら腰が痛くなった。2日目、太いやつはロープをかけて引っ張りあげた。少し楽になった。
あいかわらずこんなことをしている。

こういう単純労働をしているといつも、ポール・オースターの「偶然の音楽」を思い出す。長さ600メートル、高さ6メートルの石の壁をふたりの男が、積み上げていく。あれを思うと、たいがいの仕事は朝飯前に思えるから、想像力というものはたいへん便利なものだと思う。
そうそう、丸太を肩に担いで坂を登ると、今度は十字架を背負った誰かさんのイメージが浮かんでしまうのも困ったもので…

2012年1月16日月曜日

It's the same old song:パン屋ができていた

仕事で名古屋へ行く用事ができて、帰りに鶴舞の近くを通ったので、むかしの事務所の建物がまだあるのか、ふと見てみたくなり、寄ってみた。
建物はまだ存在していた。借りている人がいるようだ。外観も何も変わっていなかった。
南側の道路にでると、1階の金属卸の店の隣にパン屋があった。「Suripu」という小さな表札があるだけで、中をのぞかないとパン屋とはわからない。
カンパーニュがおいしそうなので買ってみた。帰って食べたらうまかった。堅くて、ライ麦がたくさん入っているようだ。

あそこは前はなんだったか? 薬局? 覚えてない。
2階建てのちっちゃなビルだから、建てかえもむずかしいのかもしれない。ぼくらの事務所を閉めたのは17年前だ。鶴舞交差点界隈の雰囲気はあまり変わっていなかった。


2012年1月13日金曜日

the poet:別れの手紙


「清冽 / 詩人茨木のり子の肖像(後藤正治)」という本を長いことかけて読んだ。表紙は若いころの茨木のり子の白黒写真だ。
彼女の存在は古くから知っていたし、いくつかの詩は歌(青木とも子や中川五郎の)で知っていた。でも、詩集をちゃんと読んだことはなかった。
茨木のり子の夫は、彼女が50才になるまえに病気でなくなり、こどもがいなかったので、彼女はなくなるまで30年近くひとりで暮らしたことになる。

《戦後あれほど議論されながら一向に腑に落ちなかった<自由>の意味が、やっと今、からだで解るようになった。なんということはない「寂寥だけが道づれ」の日々が自由ということだった。》(「はたちが敗戦」より)
二十歳が敗戦ということは、ぼくの父とおなじ年齢である。

《私は葬儀万般が嫌いである。(中略)
 日々の出会いを雑に扱いながら、永訣の儀式には最高の哀しみで立ち会おうとする人間とはいったい何だろうか?(中略)
 好きな人であればあっただけ行きたくなくなってくる。
 行かないことは、また来てもらわないことでもある。》(「花一輪といえども」より)

彼女の場合、葬儀、お別れの会などのたぐいは何もなかった。死後、甥が「別れの手紙」を、本人の下書きによって郵送、とある。
なるほど。参考になります。

2012年1月12日木曜日

Snow dome:家庭内引っ越しの最中



ドルトムントのホームスタジアム、 Signal Iduna Park は、ホームゲームのたびに8万人の観客動員があり、欧州第1位だということらしい。バルセロナのカンプ・ノウを抜いて、ヨーロッパ1ということは、たぶん世界1だ。
クリスマスにカミサンからスノウ・ドームの置物をもらった。雪を降らすために持ち上げると、サポーターのコールが聞こえてくる仕掛けだ。
ブンデスリーガ再開はもう少し先だが、香川シンチャンの調子も上がってきて、楽しみ。

ブログの更新が止まってしまった。特に忙しかったわけではないけれど、一度リズムが狂うと、元に戻すのがむずかしい。
そんなに長い文章を書いているのではないので、気軽にアップを心掛けているけれど、このところその長くない文章がなかなか書けなくて、ツイッターなんかをはじめてみた。アカウントは @unsungradio だ。

リズムが狂った原因のひとつは、家庭内引っ越しのせいかもしれない。長男が家を出て、空いたスペースに事務所部門を移したので、文章を書いたり、ネットを見たりする環境が変わった。居心地は悪くないけど、まだ落ち着かない。