2011年6月23日木曜日

non-fiction:「ホームレス歌人のいた冬」


2008年暮れに朝日歌壇に突然現れ、9ヶ月後に忽然と消息を絶ったホームレス歌人を追ったルポタージュだ。
ノンフィクションのおもしろいところは、追う対象だけではなく、追っている自分はいったい何者? という自問から逃れえないところにもあると思う。
このルポの筆者は元新聞記者で、思うところあって、98年から07年までペルーに住んで、現地からのレポートを書いていたという人。日本に帰ってきても、ライターとしての仕事はなく、ハローワークで求人票をながめていてばかり。50歳を前に、第二の人生を考えなくては、とせっぱ詰まっている。

沢木耕太郎のノンフィクションばかりを集めた全集が図書館にあったので、旅のシリーズを借りてみた。ベトナムへ行く話だ。10年くらい前か、もう少し前のころに書かれたものだろう。
これがぜんぜんおもしろくなかった。なぜベトナムに行くのか、ベトナムで何を見たいのか、ぜんぜん伝わってこなかった。ひりひりしたものが何もなかった。単なる観光案内みたいだった。

ホームレス歌人は結局見つからなかったが、実在の人物だというところまではわかった。
筆者の三山さんは、もう古くなってしまったのかもしれないけれど、何ヶ月も現場に通いつめて、そこで暮らす人々の生活を書いていくという、ノンフィクションの形にもう少しこだわってみようという決意をするところで、この本は終わる。
そっちの決意のほうに、なんとなく納得がいった。

2011年6月20日月曜日

my back pages 2:編集者その後

少し前に川本三郎の「マイ・バック・ページ」を読んだ。単行本をあらためてアマゾンに注文した。近所のいくつかの図書館にはおいてなかったし、文庫も出ているはずだが、近くの本屋にはなかった。
確か、むかし読んだはずだとなんとなく気にしていたのだが、どういう形で読んでいたのか、そこまでは覚えていなかった。
本が届いて、初版あとがきを読んでそれが何だったか思い出した。
「Switch」という雑誌の連載だったのだ。この話は。その当時は(80年代の終わりころ)、「Switch」を毎月読んでいたということになる。

あるとき、なにかの公演の打ち上げで(東京で、90年代はじめころの)、たまたま隣にいた女性が、その「Switch」の編集者だった。Kさんという。名刺をもらった。雑誌の話も少し聞いたような気がする。でも、とても失礼な質問をしてしまった。当時その雑誌の編集長はAさんという方で、自分としては、そのAさんの存在がとても気になっていたので、彼のことばかり聞いてしまった。

その後Kさんは、名古屋のぼくらの事務所に、絵はがきをくれたことがあったが、それ以来会うことはなかった。
「マイ・バック・ページ」のあとがきに、そのKさんの名前が担当編集者として出ている。名前は忘れていない。

いまはどうしているんだろうと、検索してみた。
銅版画家として活躍されているようだ。へー。もともと芸大卒業だそうだ。へー。
という話です。オチはありません。当然のことながら…
映画はまだ見てません。残念ながら…

2011年6月16日木曜日

Favoriten:このところのキーワード、お気に入り、その他のこと


・「ポケットの中のレワニワ」-伊井直行の長編。ぼくとは波長が合うと思う。

・「シンセミア」-阿部和重の長編。ぼくとは波長が合わないと思う。

・ドルトムント優勝-シャヒンが移籍して、来シーズンがどうなるのか不安も残るが、香川の活躍に期待しよう。

・マスチェラーノの居場所-リバプールからバルサにやってきて、中盤に居場所はないぞと思っていたら、なんとCBで優勝しちゃった。えらいぞ。バルサ優勝の陰のMVPはマスチェラーノだ。

・ドイツ語のためのスペース-4月からラジオ講座でドイツ語の勉強をはじめた。これからはリーガエスパニョーラではなく、ブンデスリーガですよ。世界一の観客動員数を君は無視できないはず。だけど、頭の中のドイツ語のためのスペースはほんのわずかしか残されていないのだ。

・いつの間にか定位置に-最下位である。FC岐阜のことだ。同期の熊本に見放され、栃木にも、北九州にも追い越され、いまや最下位が定位置になってしまった。誰が悪い? もちろんこのぼくだ。今シーズンまだ一度もスタジアムへ行ってない。ごめん。

・カストロストリート-70年代のサンフランシスコが舞台の映画「Milk」をこのあいだ見た。S・ペンがアカデミー賞をもらうやつね。70年代のサンフランシスコの勉強にはなった。G・デッドの「デ」の字も出てこないけど。それはやっぱり片手落ちなのでは。ゲイ・ムーブメントとシスコ・サウンドは切っても切れない縁なのに。
カストロストリートは、むかし「ウィンターランド」があったところからは、2キロくらい南の方だな。

・「ピエタ」-大島真寿美の長編。ヴィヴァルディの伝記かと思って読んでみたら、そんなことではなく、「ピエタの娘たち」にまつわる物語だった。音楽が主人公だといえばほめすぎかな。

2011年6月15日水曜日

Bulky waste:ゴミの名前


ゴミに名前なんかいらない。ゴミには匿名性だけが求められるはずなんだけど、そのゴミを、ゴミじゃないときに使っていた人たちは確実にいるわけで、その人たちはそれがゴミとして処分されてしまうことに異議を申し立てたくとも、もうこの世にはいない。

そんなゴミたちの、元の持ち主たちのつぶやきのようなものを聞きながら(ときどき不要品の処分なんてこともしているので)、原発問題を考えていると、原子力の安全性とか、放射能の恐怖とかももちろん大事なことなんだけど、親が死んだら、20年ちょっとで建てかえられてしまう日本の家とか、建てかえるから、家具も、調理用具も、大工道具も、写真も、盾も、何もかも全部ゴミにしてしまう人たちのことを、もっと考えてみる必要もあるのではないかと、ぼくは考えていた。

だけど、もっと考えてみると、いらないものを捨てないでどんどんため込んで、その処分を次の世代に先送りしてきた親たちにも、もちろん責任はあるのである。
目先の都合のよいウソを信じたふりをして、便利さをとことん追求してきた末の原発の存在と、なんと似ていることか。

2011年6月14日火曜日

Goodbye yesterday:昨日のぼくにさようなら

新しいバンドの音楽を、このところよく聞くようになった(もちろん、Grateful Dead だけはいつも別格なので、この何ヶ月のあいだも、常に彼らはぼくのHead に音を流しこみ続けていた。デッドの音楽は、ぼく自身の過去のどんな記憶ともつながっていないから、聞きつづけることができるのかもしれない。最近は80年代のデッドを集中的に聞いている)。

ちょっと古いのもとり混ぜて、気に入っているのは、
Red horse
Over the rhine / Long surrender
Railroad earth / Amen corner
Steppin' in it / Simple tunes for troubled times
Dave Rawlings Machine / A friend of a friend
などなど。

このところのお気に入りは Over the rhine。男女のデュオで、プロデュースを Joe Henry がやっている。
"Oh yeah by the way" という歌い出しで始まって、途中でそこのところが "Goodbye yesterday" に変わる曲が、耳に残る。
そういう気分なんでしょうね。

5月21日、母死去。永遠が見えるような晴れた朝に。