2008年11月29日土曜日

Dead on radio

デッドをいつも聞けるネットラジオを探してみた。簡単に見つかった(http://www.gdradio.net/)。デッドだけではなく、メンバーのソロプロジェクトも含めていつも流れている。もちろんライブばかりだが(たぶん)。ひとつのshowをそのままずっと流してくれるのもありがたい。
寄付をしてくれというメッセージが出るので、この前5ドルカンパしてみた。
Domo arigato! という返事が来た。なんだかね、デッドにすこしだけ貢献した気分でうれしい。

北米ではいま衛星ラジオがトレンドらしい。車につけるチューナーも売っている(どちらかというとそれがメインかな)。イメージとしては日本の有線に近い(それが衛星の電波で飛んでくるという感じ)か。数十のチャンネルの中には、デッド専門チャンネルももちろんあるのであった。うーむ、恐るべきデッドの人気よ。

2008年11月28日金曜日

Dead on web

デッドのサイトをときどき眺める。とてもよくできている。
80年のデッドのライブと、87年のガルシアバンド(ニューヨークでのライブ。アコースティックセットと、エレクトリックセットがそれぞれ2枚ずつ。いいよ、これ)をダウンロードで購入した。(正確にはGarcia bandのライブは、Garcia storeで買ったんだけど)

アルバムの紹介には、たとえばこんなコメントがついている。72年のドイツ・フランクフルトでのライブを納めた2枚セットについて。ハンドルネーム purtさんのもの。

This one should be in every collection :
There really is not a bad moment on either disc. I love to put this one in as a 'starter' to a long road trip. I never tire of this one.

なるほど。聴いてみようかなって気になるじゃないですか。
'starter' to a long road trip って言われると、ほほうと思うでしょ。

この人たちは当然にデッドのファンな訳ですよ。ネットで自己紹介するときは、まず「自分が最初にコンサートを見たのは、(いつ、どこの、もちろんデッドの)コンサートでした。そのときぼくは15歳でした。」みたいなコメントから始めるのが普通みたいですから。
first showが大切なキーワードみたいね。いいなあ、こんな感じ。30年近い活動歴のほぼすべてのshowについて、プレイリストが見られる、なんてのもね。スバラシイ。

この2枚セットがダウンロードなら12ドルだ。リーズナブル。送料がないから、ガソリンも節約! おおっ! 今なら1200円しないぞ。

2008年11月27日木曜日

Hear the wind sing



北海道から秋の便り。…なんてね。
これは岐阜です。ポスティングで出かけた街で、お昼休みにふと空を眺めるとこんなに青かった。

2008年11月26日水曜日

dream #2:夢を持て、と言うけれど

ずいぶん前のことだが、8月23日の朝日新聞の朝刊に、村松さんを紹介するコラムが載っていた。
元WAHAHA本舗の村松利史さんだ。

今から10数年前、ワハハ本舗の仕事をしていたことがあった。東京での公演にいくつかつきあったし、地方での公演にもつきあった。
メンバーそれぞれと特に親しかったというほどではない。というか実際のところ、あんまりそういう感じじゃなかった。裏方のスタッフの人たちとは、ずいぶん交流があったけれど、役者さんとは、何となく距離を置いていた。

あるとき博多で、ワハハの座長の佐藤さんと村松さんのふたりのコンビの公演があった。
博多の飲み屋で一度、村松さんとじっくり話をした。村松さんはぼくと同じ年ということがわかって親近感が持てた。彼の考えていることはとてもおもしろかったし、劇団の中で抱えている悩みのようなものも何となくわかった。それ以来、ぼくは彼を仲間だと思っていた。

新聞のコラムは、ドラマに出ている村松さんを紹介するコラムだ(そのドラマはもちろん見たことはないけれど)。村松さんは10年前に劇団をやめている。ぼくがワハハの仕事をやらなくなったのはもっと前のこと。

「夢を持てと、大人はよく言うけれど…。夢がなくても、大丈夫。普通に生きていけますよ、きっと」
村松さんはそう言うのだった。Yeah!!!! 
そうだよ、そうだよ。その通りだよ。50を超えたオヤジの意見としては、非常にまっとうに正しいと思う。

2008年11月25日火曜日

lyrics by #2:22歳の別れ

「神田川」のほかに、カミさんが高校生だったころ嫌いだった歌は「22歳の別れ」らしい。歌の内容をあまりよく知らないぼくにはぴんとこないのだが、まあなんだか、自分勝手な女らしいぜ、この歌の主人公は。
この歌を聴いて涙を流すような奴らは信じられないと、今でも顔を真っ赤にして怒ってる。そうですか。

高校3年の時(ぼくが)、研修旅行で出かけた能登半島の青年の家で、会計士志望のクラスメート(たしか桜井君だった)が、ギターを弾きながら、切々とこの曲をぼくに(そのときの聴衆はぼくだけ)歌ってくれたことを、ぼくは思い出す。
彼は気に入っていたんだ、もちろん。
ぼくにはちっともいいと思えなかったけど、あまりにも桜井君の気持ちがこもっていたので、とてもそんなことは言い出せなかった。
そういうことってあるよね、実際。

そうそう、前回の「神田川」をいろいろ調べていてひとつ発見。
2番の歌詞に出てくる「クレパス」は商品名なので、当時のNHKはこの曲を流さなかったとあった。へー、そうだったのか、知らなかったぜ。

2008年11月24日月曜日

lyrics by:歌の解釈

歌の解釈は自由だ。だけど押しつけられてはたまらない。
嫌いな歌をあげてみろと言われれば迷わず「神田川」をあげるはずのぼくは、吉田拓郎の歌も嫌いだし、ほかにもまあいっぱいあるわけだが、とりあえず「神田川」はその代表というわけだ。
理由なんてものは難しい。生理的な嫌悪感、みたいなものだ。
70年代もすこし過ぎて、戦いの時代はもう終わったぞ、みたいな歌の世界がただいやだったのかも…

朝日新聞の土曜版に「神田川」が取り上げられていて、どうもその書き方が気に入らなくてぷんぷんしているわけだ。

カミさんもこの歌が、高校生のころから大嫌いで、そのことでしばしばクラスメイトから孤立していたという。彼女のお気に入りはあがた森魚といとうたかおだったので、少数派であったのは否めない。
ぼくはそのころ洋楽オンリーで、日本語の歌はあまり聴いていなかった。でもラジオをつければ流れてくるこの曲は嫌いだった。

『(この歌は)「やさしさに安住しない人生を生きるぞ」という男の闘争宣言なのである。』
そうかな。とてもそうは思えないけど。ヒットした当時は学生だったと、この記事を書いた記者は書いているから、すこし上の世代のようだが…

中学の同窓会の案内が届いた。同窓会には今まで出たことはないし、これからも出ないだろうと思う。嫌いなやつがいる訳じゃないが、どうもその「同窓会」という発想そのものが嫌いだ。高いお金を払う気にもなれない(会費が1万円って、高すぎないか? いったい何を食うんだ?)

中学を出たのは72年の3月。「神田川」が流行ってたころは、高校2年だった。73年の夏、一番のお気に入りは「The Allman brothers band at Fillmore East」だったな。うん。
アルバムを取り出し裏ジャケットをふと見ると、これはローディたちな訳だ。5人+α。ドラムケースの上におもむろに腰を下ろし、手には缶ビール。長髪に髭、カッコイイじゃん。
彼らの名前もきちんとクレジットされている。オレはローディになりたいと思ったのは、このときかな、なんてね。
ところで。ドラムケースは大きさがバラバラで、楽器車には収まりの悪い、やっかいな代物ですね(元ローディとしてひと言)。
このバンドはツインドラムだから、ドラムも2セットか、大変ね。

2008年11月23日日曜日

Imagine. 想像せよ!(7/18)

(それまで作っていたサイトの更新を5月いっぱいで休止にした。いろいろあって、いろいろありそうな気配が濃厚に漂っていたからだ。このブログを新たに始めるまでのあいだ、少しだけサイト用の原稿を書いていた。これはその時期の暑苦しいヴァージョン)

性格がほとんど破綻したばあさんが出すゴミを片づけにいく。食べ残し、賞味期限が切れた食品、手つかずの野菜、その他いろんなものが、ゴミ袋にほうりこんである。
あまりの量に、怒りがふつふつ。
両親に教えられた、戸崎家の最大の規律は、食い物を粗末にするな、ということだ。親の言うことなんか全くとりあわなかったのに、その規律だけは、たぶんずっと守られてきた。こんなに、食べ物を粗末にしては、ばちが当たるぞ、とぶつぶつ、ぼくは言いながら仕事している。金持ちだからって、こんなことしちゃいけないんだ。

そんなうんざりな昼下がり。ゴミを載せたクルマを事務所に走らせる。太陽に熱せられて、表面は50度にもなっている幹線道路の上を、クーラーなしのボンゴは走る。
暑い。梅雨明け宣言はまだ出ていないのに、その日の最高気温は、37度だ。
汗が顔を流れる。そんなとき、いつもチューニングをあわせてあるradio-iから、Bob Marley の "No woman, no cry"が、ふいに流れてくる。ライブ・バージョンだ。
熱でどろどろになった脳みそのひだひだに、ボブの声がしみこんでいく。

"Everythin's gonna be alright"
不覚にも、目から汗が流れ出る。運転席のドアを外からげんこつでたたき、リズムを取りながら大声でボブといっしょにハモる。(さいわいにも、親方は別のクルマで移動中だ)
 
まあ、そんなわけだ。想像はしてくれたかな? ダメ? そうか。
この、50を超えたオヤジは、アタマにタオルをまいて、上下の作業服を着て、ボンゴの1トントラックを運転しているのだよ。真夏だというのに、クルマにクーラーはついているのに、窓を全開で走っている、まあ、変態なオヤジなわけだ。そいで、目からは汗だ。感動しているわけじゃない。ボブが好きだということでもない。だけど、どろどろで、めためたの気分のときに聞いたボブの歌は、サイコー!!ね。
 
想像せよ! (きみにもわかってほしい)

2008年11月22日土曜日

dream #1 ホッフェンハイムの奇跡

FC岐阜のスローガンは「子供たちに夢を」なのかな? 選手入場のとき、Fair playフラッグより先に出てくるのがこれを書いたフラッグなんだから、FC岐阜の場合には、たぶんそういうことなんだろう。
今のFCは、夢を与えるにはちょっと心許ない感じだが、がんばっているってことは、子どもたちにもそれなりに伝わっているのだろうから、少なくとも裏切ってはいないだろう。

今シーズンのブンデスリーガで奇跡といわれているホッフェンハイムの躍進は、用意周到に計算された夢の物語であるはずだ。
01年シーズンはまだ4部リーグにいたというホッフェンハイムが、今シーズンのブンデスリーガで首位争いをしているというのは、01年シーズンに誕生し、実質6部(県リーグ)にいたFC岐阜と比較する意味はあまりないとしても、一人の裕福なオーナーの気まぐれだけではなしえない物語がそこに含まれているはずである。
このオーナー(ドイツでは有名なIT企業の社長らしい)が、自分の生まれた街(人口3000人だって)のクラブを買い取ってまずやったことは、ユース部門の創設だったそうな。
夢というのは、そうやって地味にこっそりと、始まるものなのだろう。

FC岐阜も発足当時は地味で、一般の人たちにはほとんど注目されていなかったけれど、岐阜県の協会の人たちや、勝野さんの気持ちには、強いものがあったはずだし、今シーズン引退する森山が、そこに共鳴したのも当然のことのように思える。
だけど、夢というのものは、いつまでも夢のままでは色あせてしまうし、FC岐阜の現在の姿が、少なくとも夢の(一部の)実現だとしても、現実はとても厳しかったりするわけで、ドリカムは簡単なことじゃないってことだ。(そんな風に簡単に言ってしまうのもよくないけどねー)

クラブの理念という部分で考えれば、あっちとこっちとの比較は難しいが、上を目指すだけが夢ではないということも考え方としては、だいじなことだろうと思う。

2008年11月21日金曜日

Seven angels on a bicycle

片道20分だけど、自転車通勤している。
伊吹山も冠雪して、西風がどんどん冷たくなるこのごろ、走り出しは寒いので、スピードはおもむろに上がる。だけど自転車で20分というのは、からだがあったまるにはすこし短い。

チョイと用があって、ずいぶん久しぶりに、田舎の巨大ショッピングセンターにある「タワーレコード」へ。目的のもの以外は、できるだけ見ないようにする。
目指すものを手にわき目もふらずレジへ急いだが、そのレジの前に、やっぱりワゴンが。見ると、輸入盤が500円だ。期待しないで見ていると、ヒスパニックの女性シンガーのアルバムが見つかる。プロデューサーやバックのメンバーに、知った人が何人か。20代のころは、こうやってレコードを買っていた。失敗もあったけど、思いがけないあたりも多かった。
そのシンガーがヒスパニック系の名前を持っていたのがもちろん大きいのだが、それとアルバムの1曲目が「自転車に乗った7人の天使たち」というタイトルだったんだな。
 
音数が少なく、テンポも緩やかで、騒がしくないボーカル。それでじゅうぶん合格点だよ。ちなみに歌っているのは Carrie Rodriguez。まだ、若いよ、写真を見た限り。
若い人のアルバムを買うのもずいぶん久しぶりだったりするわけだ、これが。下手すると、死んだ人のアルバムばっかり買ってたりするからね。

2008年11月19日水曜日

Dianaの社会復帰:世界はそんなに怖くない

3月に大阪からやってきたダイアナはまだ一度もほえたことがない。クーンというような鳴き声を出すことはあっても、ワンはない。
夜中にときどきうなされている。犬も夢を見るらしいから、悪夢はまだ彼女を離そうとしていないのかもしれない。
トイレは外でするようになったけど、それ以外はずっと家の中にいる。朝1時間ほど、カミさんが散歩に連れて行くが、人や車とすれ違うだけでひどくおびえるのは、まだ良くはならない。子どもの声が特にだめなようだ。

だけど少しずつだけど、学習はしている。僕らがお茶を飲んでいると、必ずそばに来ておやつのおこぼれをねだるようになった。そのときだけは立派なしっぽが大きく揺れる。
猫のルルおばさんには怒られてばかり(じゃまよ、そこをおどき!)だけど、ルルを相手に絶対にうなったりはしない。からだの大きさだけ見ていると、それはちょっと滑稽にも思えるが、ダイアナのこころのなかには敵意というものが存在しないのだろう。

2008年11月18日火曜日

Footの話題を

まあなんだ、いろんなことがあるからまあなんだ、いろんなことがある。
せっかく我らがFC岐阜がJ2に上がったというのに、応援の方はさっぱりになっちまったのであるから、まあいろいろだ。(いいわけを考えているのだが、思いつかず)
5月末の16節でセレッソにめためたにやられて、以後少し気持ちが引けたのは事実だし、夏にかけてホームで全く勝てなかったのも、ゲームから遠ざかる原因の一つだったことは、間違いないはず。

お盆に実家にいったとき、おじさんから(もう80くらいだけど)FC岐阜のチケットがあるけど行かないかと言われ(住んでいるところがスタジアムの近くで、自治会から招待券をもらったらしい)、喜んでいただくことにすると、実は自分も行ってみたいんだと言うので、一緒に行くことにしたら、それをそばで聞いていたおいが(大学生になったばかり)、僕も行きたい、というので、結局3世代で観戦することになった。

3世代で観戦(8/17 対徳島戦)なんて、FC岐阜的には大喜びの展開ではあったのだが、ゲームの内容までは、大喜びとはいかなかった。結果は1-1のドロー。大友が途中出場でゴールを決めたが、勝ちきれず残念。
以後も9月に4試合で18失点というようなこともあり、気持ちはさっぱり盛り上がらず、なんだかんだとしているうちに、もうシーズンも終わりそうだ。

42節終了時点で、9勝19敗12分の13位。9つも勝てただけ立派じゃないかと思わないわけでもない(開幕前は果たして何勝できるのか心配していた)が、同期の熊本にも抜かれて、明るい話題は今のところ何もない。最下位じゃないだけましというもの。

これだものなあ。ファンなんてもろいもの。ホーム全試合観戦計画を密かにたてた日もあったのだけれど、来シーズンのシーズンチケットの申込書も届いてはいるんだけれど、さてねえ。
このクールな豹変ぶりはどうだ。

FC岐阜下位低迷の原因はどこにあるのか、いろんな人がいろんなところで、いろんなことを言っているので、まあ、ここであれこれ蒸し返す気にもならないのだが、先日の天皇杯で、グランパス相手に戦っていたのをテレビで見たときには、こいつら、本気になればやれるじゃないかと、またファンになったりして…
ってことは、いつもは本気じゃないのか、ってことになるとまた面倒な話になるのでまあこの辺で。(ほらどうしても腰が引けてしまうのよ。広島みたいにかっこいいチームになるためには、まだまだいろんなことが本当にたくさん必要なんですね)

2008年11月17日月曜日

Screenplayingの実力

知っている人は知っていることをあれこれ書くのは無駄かもしれないから、最低限のことだけを書くようにつとめることは悪くはないはず。
"Screenplaying"は、Mark Knopflerの映画音楽を集めたベスト盤だ。もちろんインストだけで、各曲は短く、とても切ない。
この"Screenplaying"が、iPodの中で威力を発揮する。ヴォーカル曲ばかり続いて(自分の好みの中に、インストオンリーってのは、実はほとんどないのだが)、ちょっとうんざりだなあ、と密かに思うとき、shuffleは、そんな僕の心の奥の小さな願いを叶えてくれる。この小品が、ときどき挟まることで、小さなブレークが生まれる。
そして新たな展開が開ける。

もちろんこのアルバムは、ambient musicとしても最適であるので、以前は仕事での長い移動(車や電車、飛行機など)では、マストアイテムであった。
去年の冬、親父とふたりで御嶽山の麓の温泉に行ったときも、眼下に拡がる広大な原生林が、ノプラーの奏でるセンチメンタルなギターとひどくシンクロしていた。

shuffleは、ときどき同じアルバムの曲を続けるときがある。そういうよけいな心遣いが、とてもうれしいときもある。しかも、続けてかかる曲が、同じアルバムの中でつながっていることはほとんどない。まあきっと、たまたまなんだろうね。ランダムにセットしたら、出てきちゃっただけ、という。

2008年11月16日日曜日

New world:ポスティングの日々

ポスティングの仕事は今も続いていて、さらにこの秋以降新たな展開が始まっていた。
今まで行ったことのない街への進出である。
それはつまり、住宅地図との格闘を意味するわけで、視力の衰えがはなはだしい老獪ふたりの涙ぐましい努力の末、何とか終えることができて喜んだのもつかの間、その街には二度と行かないことになり、激しい徒労感に襲われる。

それが10月のはじめのことだった。中濃地方の秋の初めの、おだやかな晴天の二日間、僕らは地図とチラシを両手に持って、街を駆けぬけた。街の景色を楽しんでいる余裕はないが、それでも初めての街はなんとなくわくわくするものだ。
マンション、アパート専門のポスティングをしていると、それはそれでいろんなことが見えてくる。中濃地方には大きな工場が多いので、出稼ぎ労働者たちも当然多い。今は期間労働者というのだろうか、そういう人たち専用のアパートもたくさんあって、さる大手電機メーカーの寮では、全員が外国人だというところもあった。そこでは、チラシの受け取りを管理人に断られた。日本語のチラシは読めませんから、って。

そういうアパートはだいたい山の中か、田んぼの真ん中に立っていて、まわりは何もない。中心街からは当然離れている。3ヶ月や半年の限定できている彼らに、車はないだろうし、あるのはコンビニだけかもしれない。彼らの眼に見えているはずの風景を想像してみると、秋葉原を襲った彼の、荒れ果てて枯れてしまったこころの泉に突きあたってしまう。

2008年11月15日土曜日

I knew these people

iPodのコンテンツにRy Cooderの"Paris,Texas"を加えたことがあった。ほかの楽曲とはにわかにはなじまないが、それなりの異彩を放って、際だつ存在感は心地よかったりする。
"Cancion Mixteca"で歌うHarry Dean Stantonのダミ声は、しみじみとこころの奥底をくすぐる。
アルバムのどの曲も悪くないのだが、やっぱりサントラの宿命みたいなものが、"I knew these people"などには感じられる。8分ほどの大曲なのだが、ほとんど全編をHarryとNastassja Kinskiのせりふが埋める。この曲を入れた監督やアルバム制作者の気持ちも痛いほどわかるのだが、"One day"というキーワードで、Ry Cooderのギターがスネークインしてくる緊張感をぴりぴりと心待ちにしている自分ももちろんいるのだが、ただ全体としては、iPodのなかのほかの曲とはなじみにくい。
ただただそういう曲もあるのだと理解するしかない。

2008年11月14日金曜日

iPodはラジオだ

Simon & Garfunkel / The definitive
Baffalo Springfield / Again
Jayhawks / Hollywood town hall
Grateful Dead / Reckoning (disc 1 & 2)
Bonnie Raitt / Longing in their hearts
Eric Andersen / Stages:The lost album
Keb' Mo' / Peace...back by popular demand
Bonnie Rideout / Scottish reflections
Chieftains / Long black veil
Lucinda Williams / Essence
Beatles / White album (disc 1)
Bruce Springsteen / River (disc 1)
Mark Knopfler / Screenplaying


自分が聴いている音楽の傾向をあれこれ説明するより、このiPodの中身を見てもらえば、よくわかってもらえるかな。今持ち歩いているshuffleには、181曲入っている。
アルバム単位で14枚分まとめて入っている。
40年前のものから、最近のものまで(最新はないけどね)、あえてランダムに取り出して、その混ざり具合を楽しんでみよう、という魂胆なんだが。

181曲を順不同のごちゃ混ぜで聴く。これは飽きない。
Beatlesの"White"は、もう40年も聴いているアルバムだから、曲の流れは完全に頭に入っている。曲が終われば次の曲のイントロが自然に頭に浮かぶ。
でもshuffleでは、"Glass onion"の次に、あのすっとんきょうなピアノは聞こえてこなくて、Lucindaの"Bus to Baton Rouge"が、ゆらーと出てきたりするわけで、そのミスマッチがとてもおもしろい。

友人が持っていたiPodを聞かせてもらったのは、もう4年も前のこと。そのときは、おもしろそうだけど、何だかなあという感じだった。
ずっと、LPの1曲目から順に聴かないと落ち着かないという、頑固な主義者だった。LPにおいては、ランダムに曲を聴くのは、とうてい無理だし、A面の3曲目から、というのもかなり難しい。
そういう音楽は、そういう風に自分の中に記憶されている。

当時は(主に80年代前半から)カセットに録音して持ち歩く、というのも流行ったのだが(もちろんソニーのおかげだ)、あれだって、LPに入ったままの状態で聞くのがふつうだった。
もしくは、録音時に、ランダムに編集したものを、「My favorite」のようにして、聞くというのもあるにはあったのだが、それの弱点は、曲の流れが固定してしまうのですぐに飽きる、ということだった。

ラジオからたまに、自分の好きな曲が流れると素直にうれしいことがある。期待していなかった分、イントロでいろんな光景が頭の中を一瞬にして広がっていくのは悪くない瞬間だ。DJが余分なことを言わなければ、その時点でそのラジオステーションは僕にとって最高の存在になるはずなのに、今はそれがなかなか難しいことになっている。

まあそんなわけで、181曲入ったshuffleをシャツの襟にくっつけて、稲刈りの終わった田んぼの中の道を自転車で走っているのが、この僕です。