2013年1月27日日曜日

Now playing:親子鷹

ある日、仕事に出かけるときに、クルマの中で聞くためのCDを、ふいとひっつかんでみたら、これがなんと、親子のアルバムだったという、まあ、それだけの話である。


息子の方の、最近のソロアルバム、そういえば、まだ聞いてないなあ。ダメだなあ。
おとっちゃんの方の、最新アルバム、話題先行で、何曲か聞いて、ジョン・レノンのことを歌った曲が、えらくしみわたるなあ、などと思っているうちに、こころは別のところへ行ってしまった。
いけませんねえ。

Pear fields forever:梨畑よ永遠に

今回の薪のミッションは終了である。もう、家には置けないほどの量になった。どうするんだ、こんなに、という声があちこちから聞こえるが、まあ、ぼちぼち、切ったり、割ったりしていれば、そのうちきっと棚に収まってくれるだろう。


この風景はやがて消えていく。ショベルカーで根っこを掘り出し、ブルドーザで整地し、道路ができて、こじんまりとした野菜畑の連なりに変わっていくのだろう。
70年近く続いていた風景が、いま終わる。

2013年1月19日土曜日

Hard-boiled rock:あるいは1963年のスキヤキ

このところ、毎週水曜日の深夜の Big special を聞いている。
1/9は、1963年のヒット曲で、1/16は、ハードボイルド・ロックの特集。

1963年というのは、ロックやポップスの流れの中では、微妙な位置にある。ビートルズはデビューしたけど、アメリカにはまだ上陸していない。アメリカではビーチボーイズがデビューして、フィル・スペクターが活躍をはじめたころ。
モダンフォークの時代は終わって、ボブ・ディランがあらわれる夜明け前。

キューバ危機が通り過ぎて、アメリカはベトナムにのめり込む。
以前の「アメリカン・グラフィティ」のところ(2011/10/22)でも書いたけれど、63年11月のケネディ暗殺で、アメリカのイノセント・エイジは幕を下ろす。

そのころのぼくは、小学1年生。たぶん。
当時の漫画に「サブマリン707」と「紫電改のタカ」。どっちもよく読んでいたけれど、でも1年生だ、どこで読んでいたんだ?
床屋? あ、そういう可能性はある。

ハードボイルド・ロックのセレクションは、立川直樹という人物が独断と偏見でもって、やっているので、賛否はいろいろあるだろうが、まあ、ひとつの主観的な切り口だと思って聞いていれば、それなりに納得もいく。そういう聴き方だって悪くない。
フットボールを主観で語るように、ロックをハードボイルドなイメージだけで、語るというのもありかな。

個人的には、そうじゃないだろ、というセレクトもあったけれど。
だいたいこの人は、シンガーソングライター系が好きじゃない。
でも、まあ、いいか。これは、これ。



Norah and Diana:うちはルルとダイアナ

Big special の年末年始リクエスト大会、Peter さんの番組に亀渕さんが出てきてロックンロール創世記てんこ盛りなど、あいかわらずあっちもこっちもの、音楽生活だけど、ひさしぶりに(でもないか)女性ボーカルものを手に入れた。
ダイアナ・クラールのことはほとんど知らなかった。コステロの奥さん、Furthur のコンサートにゲストで出ていた、アムネスティの企画ものでディランの「Simple twist」を歌ってた、などくらいの知識しかなく、CDを買ってからよく調べたら、ジャズシンガーだっていうじゃないですか、ええー、ってなもんで。

プロデューサーがT・ボーン・バーネットだというだけで、買ったわけではないけれど、ジャケットにはびっくり。なにもこんな写真を使わなくても…。ジャズっぽい曲も当然ありますが、そうじゃない曲がけっこういけます。


一方のノラ・ジョーンズのアルバムは2009年のもの。「The Fall」。秋でんな。
息子が輸入盤屋のワゴンセールで500円で買ってきた。
これもなかなかいけますね。
根っからのファンというわけではないので、彼女のは、最初のアルバムしか持っていないのだけれど、なんだかこれはとてもいいです。

2013年1月10日木曜日

Almost cut my trees:繰りかえしのくりかえし

ひさしぶりにブログの原稿を書こうとして、ふと、自分のブログやその前のサイトの文章を読み返してみる。

ブログの前に作っていたHP「こわれたラジオ」のために、最初に書いたのは「カードビューワーを考える」という文章で、2003年の3月ころに書いたもの。いまから10年前のこと。もうなんだか、はるか昔の太古の時代、みたいで。
あれからいくつ仕事を変わったのか…

このところ、ブログの更新のペースはかなり落ちているけど、そのうちまた、どっと書くことになるかもしれませぬ。

で、また、薪のミッションである。
今回は近所の梨畑、柿畑である。あたり一帯を区画整理をするということで、軒並み全部切り倒され、掘り返されている。
要するに、もう、梨や柿はやめる、ということだ。

以前に梨の木をもらったことのある畑で、オジサンと話す。
樹齢20何年という木をもらって、この地に植えたのが60年前、という話である。樹齢90年の梨の木、そばに立っているオジサンは80を超えている。
そういう人たちが、みんな、梨や柿を切り倒している。
息子たちに、後を任せることはできないからと。

ぼくにできることは、倒された木をもらってきて、薪にすることだけ。それも、切り倒された量の全体からすれば、1%にも満たない、わずかな量だ。
無力感に激しく襲われるが、どっちにしたって、世界の全部を救うことなんてできないのだから、やれることを、やれるだけ、やる、しかない。
持ち帰って、家で切る、割る。棚に収めて、またもらいに行く。それのくりかえし。何年も繰り返してきた、くりかえしの作業を今年も続ける。

2013年1月3日木曜日

Marilyn Manson VS G.Dead:趣味は何?

昔と違って、あまりしゃべったことのない人と酒を飲むことが多い。
隣になった人との共通の話題はないから、当たり障りのないところで、まず、「趣味は?」みたいな話になる。

これが結構むずかしい。
相手がどんな話題を望んでいるのか、見極めなければならない。
こちらサイドのテーブルには、こんなメニューが載っている。

1.薪割り 2.自転車 3.音楽 4.小説、本 5.サッカー 6.外国語 7.映画

順番には意味がないが、さて何をほうり込んでみるか?

このあいだの飲み会では、隣には自分よりすこしだけ若い男性がいて、なんとなく洋楽の話を出してみると、これが意外にぴったりはまって、ついには、相手のお気に入りがマリリン・マンソンだということまでわかって、おお、そこまで言うなら、こっちだってG・デッドという切り札を出さずにはいられない。

少し前に旅行に行ったときには、ゴルフはするのか? と聞かれたので、いや、自転車にときどき乗っている、というような話をしていたら、いつのまにか、酔っぱらって自転車に乗ってあれこれ、という失敗自慢みたいになってきて、まあ、やっぱり健康が一番ですよ、という陳腐な結論にいたって、閑話休題。なんだかね。

薪割り友だちもいることはいるけれど、映画や本の話となると、うんと遠い銀河系の彼方のようだ。
俳優の何とかさんのいとこだ、という人がいて、おお、そう来たか、こちとら、ワハハのS田嬢、いまや売れっ子男優のE口、と一緒に仕事をしたことがあるぞ! と話を振ってみるものの、なんだかぜんぜんのってくれず、そこで話はとぎれてしまう。

なんですかね。趣味というのは。

外国語学習が趣味、というのもなんだけど、それも一応仲間には入れておく。以前、ビアガーデンで飲んでいたとき、英会話教室に通っている、というオジサンがいたので、こっちはドイツ語の勉強中だと話を振ってみたけれど、いまひとつ会話が弾まないまま、終わってしまった。
向こうには英会話を仕事に生かして、あれこれ、というようなもくろみがあるのに、こっちにはドイツ語を生かして、なんかする、というその「なんか」が何もないので、たぶん受けないのだろうと思う。

「なんか」がなければ、何もする意味がないのか? え、おい?
だって。からんじゃいけませんね、ホントに。