2014年6月30日月曜日

natural born biter:スアレスの確信

スアレスのいないウルグアイはコロンビアに負けた。
スアレスの代役フォルランは、代わりにはなれなかった。

イタリア対ウルグアイのゲームを見直した。
イタリア人選手の肩に、スアレスの歯が当たった、ようにも見える。ジャンプしてせりあったときに、たまたま歯がむき出しになっていて、肩に当たってしまった、ようにも見える。
本人も否定はしている。

イングランドもスペインもいなくなって、残ったのは、アメリカ大陸の国ばかりで、世界中がメッシか、ネイマールか、といっているときに、あらわれるスアレスの姿をぼくは熱望していた。

それにしてもコロンビア。ハメスは素晴らしい。チームも素晴らしい。

2014年6月24日火曜日

Hagiwaramorning:追悼ジェリー・ゴフィン

ピーター・バラカンさんが故郷に里帰りとかで、今週のバラカンモーニングは萩原健太さんが代役で出ている。
平日の朝7時から10時までという時間にラジオを聞きながら、仕事をしたり、他のことをしたりするのは、なかなかむずかしいので、いままであまり聞いていなかった。
今朝は、健太さん登場ということで、途中まで聞いた。

いまのラジオの生放送は、だいたい Twitter や Facebook と連動しているので、反応がわかりやすいといえばそうなのだが、あまりにもダイレクトすぎて、どうかなと思うこともあり。

佐野元春がブルースの「デトロイト・メドレー」をパクってステージでやっていた、みたいなことを健太さんが言って、おそらく佐野ファンからいろいろコメントがついていた。
パクリは悪くない。いつも健太氏はそう言っているけど。
(火曜日の今日は「オマージュ」に言いかえ)

そういえば、先週の Weekend sunshine は、2週連続の特集になっていたな。録りダメして、梅雨の東京から逃げ出したんだね、ピーターさん。

Joe Henry の新譜が出た…

2014年6月23日月曜日

Alcangelo and Richard:今月の借り物


県の図書館で文庫を借りた。
「バロック音楽」の方は、毎朝FMでやっている「古楽の楽しみ」の案内人のひとり、礒山さんの本。
こういう本を読むと、ふだん自分が好んで聞いている音楽がいかにエリアの狭いところにはさまっているのかをおもいしらされる。

古楽、というジャンルがそもそも「クラシック」全体の中では、非常に特殊な領域らしい、ということが最近何となくわかってきた。
で、古楽なら何でもいいかというと、そういうことはぜんぜんなくて、基本器楽演奏のみである。声楽で、聞けるのはバッハのカンタータくらいかな。ヘンデルの歌劇のアリアは、ときどき素晴らしいものがあるけれど(「涙の流れるままに」とか)、オペラ系はぜんぜんダメです。

で、器楽なら何でもいいかというと、そうでもなくて、まあ、別に嫌いではないけど、リコーダーとかフルート(最近はフラウト・トラベルソというらしい)は、いかにもバロック風でなんとなくなじめない。
チェンバロやオルガンも悪くないけど、どうもいまひとつ。

最近は弦のみです。
ヴァイオリンかヴィオール。ザッツ・オール。
そちら方面をいろいろあさっております。
緩急緩急の教会ソナタ、というのがなかなかよろしい。
Arcangelo Corelli の作品3とか、Albinoni の作品4とか。

Richard Brautigan のこの本は、恥ずかしいけど、はじめて。
あのころ、どこの本屋にも、どこの家にも、この本は必ずあって、そのうち読めばいいや、と思っているうちに、はや40年。
読まずに死ねるか。

2014年6月18日水曜日

Sturridge is your name:ストゥーリッジって誰?

W杯、イングランド対イタリアを見ていた。中継はNHKだった。
FWはスタリッジのはず。だけど、NHKの実況は「ストゥーリッジ」って呼ぶんだ。
こんな例は探せばたくさんあるのだろう。

音楽業界にだって、そんな話はゴロゴロしているんだし。
ピーター・バラカンさんがいう「ジェフ・マルドゥアー」というシンガーは、ずいぶん昔から日本では「ジェフ・マルダー」と呼ばれていた人だった。

イングランド対イタリアはキックオフが現地午後6時。マナウスは気温31度を超えていた。ピッチに出る前から両チームの選手の顔には汗が光っていた。
シーズンをフルに戦ってきたヨーロッパの選手たちにとっては、この暑さと湿気は地獄のようなものかもしれない。
だけど、お祭りに文句を言えば、たたかれるのはみえているから、誰も文句を言えない。選手だって大変なのだ。

ドイツ対ポルトガルは予想に反して、一方的なゲームになってしまった。ドイツ相手に10人じゃ勝てません。
屈指の好カードのはずなのに、バックスタンドは最後まで空席が多いように見えた。資料では、サルバドールのアレーナの定員は4万9千人弱。ネットの速報値では、観客数5万1千人、なんだそりゃ。

NHKの実況で気になるのがもう一つ。選手の所属クラブの名前をほとんど言わない。なんでですか? なんかコードに引っかかるの?

2014年6月16日月曜日

My name is Luka:ルカの五分刈


ついに始まったW杯。ぼくらの代表は負けちゃうし、キャプテン・ジェラードの代表も、スペインも負けちゃった。おお、なんと。

開幕戦、ブラジル対クロアチア。他のことをいろいろやりながら、ライブで見ていると、モドリッチの名前が何度も出てくる。そりゃ、クロアチアの10番だ。攻撃の起点だ。名前を聞いてさっと画面を見るのだが、どこにいるのかわからない。キックオフ前のセレモニーを見ていないので、まさか頭が五分刈になっているなんて知らなかった。
おお、ルカ・モドリッチよ。
クロアチアはいい攻撃のシーンもあったけど、なんといってもブラジルの守備は堅い。
ひきかえ、われらが代表の守備はなんとまあ。

スペインを撃破したオランダは素晴らしかった。
前半終了間際の、ファンペルシーの同点ゴールははやくも今大会ベストゴールか。
フライング・ダッチマーーーン!!

2014年6月13日金曜日

no setlist:デッドはセットリストをどうやって決めていたか

-There's no set playlist at a Dead concert; the band just go on and "follow the vibe".-
「Living with the Dead 」を読んでいたらそんなことが書いてあった( -284p)。

いろいろ調べてみた。
たぶん、その日のおおまかな流れはあらかじめ決めていたと思う。たとえばセット1やセット2の最初の曲や、最後の曲など。
その日のサウンドチェックなどで、メンバーのだれかが、今日はこれをやりたいと言って、ざっと流してみたりすることはあったかもしれない。

セット2の、即興演奏が大きなウェートを占める部分ついては、何も決めないで、その時のメンバー間のバイブレーションによっていたかもしれない。
アンコールについては、たぶん、出てくる直前に決めていたんだろう。

リードヴォーカルのジェリーやボビーにとって、歌詞を覚えているかどうかはだいじなところだ。ボブ・ディランのカバーをやるときは、さすがに事前にチェックくらいはしただろう。

途中からメンバーになったキーボードのブレントは、最初、どうやって曲の流れが決まっていくのかわからなかったそうだから、だいたいのルールはすでに存在していたと考えるべきだろう。

映像や写真を見ていると、足元にセットリストを書いた紙などは見当たらないから、たしかにそういうリスト(ぼくが舞台の仕事をしていたころは、「曲順表」とか「メニュー」とか言っていた。Ventures の仕事をした1982年の夏には、毎日マジックで4枚ずつ、メンバー用にぼくが書いていた。最近は「セトリ」というらしい)はなかったということか。

そうなると、やっぱり大変だったのは、音響や照明の操作をする人たちですかね。まあ、でも、彼らもつきあいが長いから、だいたいの流れを感じてやっていたんだろうね。


2014年6月6日金曜日

Wonder land and Rolling stone:今週の借り物

津野さんの「植草甚一の青春」が面白かったので、雑誌「ワンダーランド」創刊前後の話を書いた「おかしな時代」(本の雑誌社、2008年)を読んでみた。
「ワンダーランド」と、同時期に創刊された「ローリングストーン・日本版」については「こわれたラジオ」の2007年のところに書いた。
「ワンダーランド」については、こうしていろいろ情報が得られるのだが、「RS日本版」については、さっぱりわからない。どんなライターが書いていたのかぜんぜん思い出せない。

ネットで調べたら篠崎良一という編集者のインタビューが見つかった。
基本はアメリカ版の翻訳が多くて(いまはB・スプリングスティーンのマネージャーをしているジョン・ランドーがライターをしていたころ)、日本独自の記事はあまりなかったようだ。
貿易会社御曹司の社長兼編集長が、LAの空港で逮捕されて、廃刊になったということらしい。

津野さんの本を読んでいて、いろいろ思い出したことがあった。
もう40年も前のことだ。忘れていても無理はないけど。

片岡義男という作家はこういう場所にいたのだな、ということが今回よくわかった。
鴻巣友季子の「本の森 翻訳の泉」(作品社、2013年)を読んでいると、片岡義男という日本語作家がいかに特異な場所に立っていたのか、ということがよくわかる。

「一六世紀文化革命・1」もおもしろかった。わからないところは飛ばして読んだ。まだこれから「2」を読まねば。
ずっと気になっていることがある。
1730年、ライプチヒのコーヒーハウス「カフェ・ツィマーマン」で、バッハの「二つのバイオリンのための協奏曲」を聞いていたのは、どんな人たちだったのか。
その店には何人くらいの客がいて、コンサートは何時ころはじまって、そこで協奏曲を聞いた人たちはふだんどんな生活をしていたのか…
気になっている。
ルネサンスからバロックまで、ヨーロッパはどんな時代だったのか、いまからもう一度勉強したいと思います。先は長いネ。


2014年6月2日月曜日

Grateful dead office:味噌汁とうどん

しばらく中断していたのだが、「Living with the dead」を再開。65年から85年まで(たぶん)デッドのマネージャーだった Rock Scully の本だ。
最初から順に読むのではなく、途中から読み始めて(72年のヨーロッパツアーのところから)、まだ途中なので、全体的なことはよくわからない。
単なるゴシップ本ではないし、デッドを神格化するだけの本でもない。
Donna はいい声をしているけど、Jerry やBob の声とはうまくブレンドしない、とはっきり書くなど、スタンスとしては悪くない。

デッドのリハーサルスタジオの住所が書いてあったので、マップで調べ、ストリートビューで今の様子を見る。普通のガレージのようだ。
オフィスの住所はさすがに載っていなかったが、ネットで調べたら簡単に出てきた。もちろん今はぜんぜん別の人たちが使っているようだが、ヴィクトリア調の普通の民家だった。オフィスとして使われていたころも、表札があったわけでもないし、もちろんロゴが掲げられていたわけでもないと思う。

Jerry は、定期的にオフィスを訪れていた。マネージャーたちよりも先に事務所に現れ、ランチにミソスープとヌードルを食べ、ずっとギターを弾いていた。

オフィスの情報をネットで探していたら、元オフィスからそう遠くないところの一軒家が売りに出ていて、元GD所有とあった。値段は100万ドル。