2012年1月16日月曜日

It's the same old song:パン屋ができていた

仕事で名古屋へ行く用事ができて、帰りに鶴舞の近くを通ったので、むかしの事務所の建物がまだあるのか、ふと見てみたくなり、寄ってみた。
建物はまだ存在していた。借りている人がいるようだ。外観も何も変わっていなかった。
南側の道路にでると、1階の金属卸の店の隣にパン屋があった。「Suripu」という小さな表札があるだけで、中をのぞかないとパン屋とはわからない。
カンパーニュがおいしそうなので買ってみた。帰って食べたらうまかった。堅くて、ライ麦がたくさん入っているようだ。

あそこは前はなんだったか? 薬局? 覚えてない。
2階建てのちっちゃなビルだから、建てかえもむずかしいのかもしれない。ぼくらの事務所を閉めたのは17年前だ。鶴舞交差点界隈の雰囲気はあまり変わっていなかった。


2012年1月13日金曜日

the poet:別れの手紙


「清冽 / 詩人茨木のり子の肖像(後藤正治)」という本を長いことかけて読んだ。表紙は若いころの茨木のり子の白黒写真だ。
彼女の存在は古くから知っていたし、いくつかの詩は歌(青木とも子や中川五郎の)で知っていた。でも、詩集をちゃんと読んだことはなかった。
茨木のり子の夫は、彼女が50才になるまえに病気でなくなり、こどもがいなかったので、彼女はなくなるまで30年近くひとりで暮らしたことになる。

《戦後あれほど議論されながら一向に腑に落ちなかった<自由>の意味が、やっと今、からだで解るようになった。なんということはない「寂寥だけが道づれ」の日々が自由ということだった。》(「はたちが敗戦」より)
二十歳が敗戦ということは、ぼくの父とおなじ年齢である。

《私は葬儀万般が嫌いである。(中略)
 日々の出会いを雑に扱いながら、永訣の儀式には最高の哀しみで立ち会おうとする人間とはいったい何だろうか?(中略)
 好きな人であればあっただけ行きたくなくなってくる。
 行かないことは、また来てもらわないことでもある。》(「花一輪といえども」より)

彼女の場合、葬儀、お別れの会などのたぐいは何もなかった。死後、甥が「別れの手紙」を、本人の下書きによって郵送、とある。
なるほど。参考になります。

2012年1月12日木曜日

Snow dome:家庭内引っ越しの最中



ドルトムントのホームスタジアム、 Signal Iduna Park は、ホームゲームのたびに8万人の観客動員があり、欧州第1位だということらしい。バルセロナのカンプ・ノウを抜いて、ヨーロッパ1ということは、たぶん世界1だ。
クリスマスにカミサンからスノウ・ドームの置物をもらった。雪を降らすために持ち上げると、サポーターのコールが聞こえてくる仕掛けだ。
ブンデスリーガ再開はもう少し先だが、香川シンチャンの調子も上がってきて、楽しみ。

ブログの更新が止まってしまった。特に忙しかったわけではないけれど、一度リズムが狂うと、元に戻すのがむずかしい。
そんなに長い文章を書いているのではないので、気軽にアップを心掛けているけれど、このところその長くない文章がなかなか書けなくて、ツイッターなんかをはじめてみた。アカウントは @unsungradio だ。

リズムが狂った原因のひとつは、家庭内引っ越しのせいかもしれない。長男が家を出て、空いたスペースに事務所部門を移したので、文章を書いたり、ネットを見たりする環境が変わった。居心地は悪くないけど、まだ落ち着かない。