2009年2月26日木曜日

Handy man:便利屋が愛を囁く

「ドライビング・ミス・デイジー」を見ていたら、デイジーがホークに、「Handy」な人ね、みたいなことを言うシーンがあって、字幕は「役に立つ」だった。
「便利なやつ」っていう意味もあるよなあ、と思いながら辞書を見ていると、「Handy man」で「便利屋」なのね。なるほど。

そういえば、James Taylorのアルバム「J.T.」にも、そんなタイトルの曲があった。
あれは古いR&Bの曲みたいだけど。

"That's me.I'm your handy man."で愛を囁くこともできるんだねー。

2009年2月25日水曜日

50 years old:もちの木

近所の神社で境内の木を切っていた。毎年正月にお参りに行くお宮だ。
総代さんに話をしにいって、広葉樹だけもらうことにした。近くにもうひとつ神社があってそっちも切るから、できたら持っていってくれといううれしいお願いもあって、軽トラで引き取りに行く。かなり太い樫やもちの木もあって、それらは境内で玉切りにして持ち帰った。
帰ってから、もちの木の年輪を数えてみたら50以上はあった。そうかあ、おれと同い年じゃん。根元から切られて、もう再生は難しいのかも。
仕事がいっぱいできちゃった。うれしいけど。

2009年2月22日日曜日

Soul train:ボブ・ディランのように

高橋源一郎「いつかソウル・トレインに乗る日まで」終了。なんだかちょっとはぐらかされた感じの恋愛小説。文体のキレはいまひとつか。ことばの使い方はタカハシらしくていいけど。
偶然なんだが、この作品にもずっとベースのところに、あの時代の運動や、過激派などがでてくるんだった。

読み終わってみると、映画監督が自分の企画ではない作品で監督をしているような、なんだか収まりの悪い文体がいまひとつだ。恋愛小説なんだけど、微妙にそうじゃないというオチは最後に明らかになるわけだが、前半の期待感は行き場を失っていた。
どこかいつも「あのころ」にこだわった小説家だと思っているから、毎回期待はしているんだけどね。

そして、神は細部に宿るのだ。
「わたしが学生の頃、デビューした吉田拓郎の曲なんて、ほとんどボブ・ディランと区別がつかなかった」
そりゃないでしょ。そりゃほめすぎだよ。

2009年2月17日火曜日

feeble excuse:下手な言い訳

あいかわらずなんだかんだと忙しい毎日。このあいだの日曜日は味噌を作っていた。完成した味噌を計ったてみたら5キロほど。今回はいつもより少し多めだったので、いつもは4キロちょっとぐらいなのかも。20年前に実家の畑で収穫した大豆がやっとなくなった。来年からは大豆を買わないといけないか。1合分だけ豆を残したので、それを蒔けば来年用の大豆ができる! 芽が出れば…

仕事はしばらく屋上シリーズで、ついに完結編に。
いつも仕事している11階建てのマンションの、屋上に建っている給水タンクの配管パイプをペンキ塗りしていた。屋上の床面から縦に6メートル弱のパイプが5本ある。ツーバイフォーで1.8メートルの足場を作り、そこに2.1メートルの脚立を立て、その脚立の最上段のひとつ下に立って作業をする。伊吹おろしはまともに吹きつけるし、寒くて怖い。

屋上に手すりはもともとないし、足場にも、一辺だけ手すりをつけたが、ほとんどないに等しい。高所作業の基本は下を見ないことだとわかった。目の前のものにだけ集中する。それでもやっぱり怖い。パイプ以外には捕まるところはないし、ペンキを塗れば触ることもできない。
しょうがないから、Jerryの歌を口ずさみながら、ひたすら仕事に熱中した。生涯で最高度の現場だと記憶されることになるだろう。
これで屋上シリーズも一段落。

だけどつい弱音を吐きたくなるときもあるのだ。
便利屋の仕事は普通にしている。家のこともやることがたくさん。朝は寒い。ストーブも焚かなきゃいけない。再来年分の薪も作らなきゃいけない。やりたいことはいっぱい。
でも言い訳はしないことにした。

去年の今ごろは2ヶ月もかけてデッキを作っていた。
その前の年は、夜だけ別のバイトをしていた。勉強している時間なんてなかった。だけど、そんな言い訳をしても仕方ないし…
それでも目指すものがあるということだ。それをゲットしたから、どうなるかなんてほとんど考えてない。今は受かることだけ。受かったら、あれしよう、これしようと考えることだけが楽しみか。

2009年2月16日月曜日

Deadicated:17才のデクラン少年

アマゾンではじめて中古を買った。800円。安い。埼玉県在住の人から直接送られてきたCDは、ブックレットの状態もよく、なんの問題もなかった。送料は別だが、これはいいシステムだ。もう世の中では当たり前のことかもしれないけどね。
さて、その「Deadicated」は、Deadのトリビュートで、91年アリスタ盤。定番揃いではずれがない。

以前、フリーコンサート仲間の林君がこれをゲットして、クルマの中でみんなで聴いたことを思い出す。でも、そのころはデッドの曲はほとんど知らなかったので、参加しているメンバーのおもしろさのわりには、さめていたかも。

コステロの「Ship of fools」がとてもいい。ブックレットのコメントもおもしろい。
1972年、17才だったデクラン少年(コステロの本名)はリバプール郊外の野外で開かれたデッドのコンサートを見ていた。そのときのステージ写真が後日(このトリビュート盤が出たころ)雑誌に載っていて、大人になったコステロは、その写真に若き日の自分の姿を見つけたと書いている。うーむ、なんと。その写真ももちろんブックレットについている(が、本当にデクラン少年なんだかどうかはやっぱりわからない)。

72年のヨーロッパツアーのドイツでのライブもときどき聴いている。
デッドはベースだ、フィル・レッシュだ。リズムセクションだ。と最近気がつく。やっと気がついたのかと言われれば返す言葉もないのだが。
このときのメンバーにはPigpenがいて、キースとダナのゴドショー夫妻もいたんだね。ヘッズの方々には常識でも、おいらは知らないことばかりで…
このヨーロッパツアーは経費節約のために、バスでツアーしたんだって。へー。

2009年2月15日日曜日

Grammy award:T-Boneのお仕事

ロバート・プラントとアリソン・クラウスのアルバムが、グラミーを制したらしい。音はほとんど聴いたことがないので(ピーターさんの番組で聴いただけ。それとグラミーのあと、radio-iで少しかかるようになった)、よくわからないのだが、プロデュースがT-Bone Burnett だということは、気になっていた。

このあいだからiPodにディランのローリングサンダーライブを入れて聴いている。このバンドには、まだ無名のT-Boneが参加している。なんせ人数の多いバンドだから、どれが彼の弾いているギターなのか聞き分けるのはむずかしい。ギターだけで4人いる。

ロバート・プラントがイギリスのトラデショナルを歌ったZeppelinの確か4枚目か、あれはサンディ・デニーとデュエットだったので、そういうイメージが制作側にはあったのかもしれないねと、カミサンと話す。カミサンはそのときからサンディ・デニーのファンだ。

2009年2月11日水曜日

In the day after R&R:ヘルメットの君

時間が少しできたので、鴻上尚史の「ヘルメットをかぶった君に会いたい」の最後を読む。これも小説なんだな。書いている本人の存在だけが現実で、あとは全部フィクションだ。なるほど、そういうやり方もあるわけだ。鴻上の名前は以前から知っていたが芝居を見たことはない。58年生まれだから少し下だけど、まあほとんど同世代とも言える。
ストーリーを語るのはよそう。簡単に言ってしまえば、過激派と呼ばれていたあの人たちは今どうしているんだろう。できることなら、彼らのひとりに会ってみたい、という話だ。
少し頼りない感じはあるけれど、ぼくの嫌いなノスタルジー路線ではないことは確かだ。いまとあのころが、どう違っていて、どういうふうに、あの時代が忘れられていったかというような話でもある、かもしれない。

ひとつの記念日として78年3月26日が出てくる。成田空港管制塔襲撃事件のあった日だ。
そのころぼくは何をしていたんだろうと考える。
ライブもやる喫茶店に入りびたりになり、飲んだり、ケンカしたり、ミニコミ作ったり、そんな日々だった。

高校を出たのが75年の3月で、それから3年たっていた。
大学に入って、大学をやめた。はじめてコンサートを主催して、そのコンサートに出たバンドの事務所で仕事をするようになった。カミサンと出会った。アパートを1軒燃やした。ミニコミを作った。

そのバンドの事務所周辺には、交番に火炎ビンを投げつけた奴や、ガリ切りのやたらうまい奴や、高校生のときに運動に加わっていた奴や、そんなのがごろごろしていた。
過激派も、学生運動もまだ身近な存在だった。
78年2月、武道館へディランを見に行ったとき、東京は街中の至るところにビラが貼られている都市だとあらためて思った。
74年の8月、郡山での野外コンサートの帰りに東京に立ち寄ったときも、線路のガード下や、地下道の中や、歩道橋などあちこちに貼られたビラに驚いていた。三菱重工本社が爆破されたのは、ぼくがその前を歩いてから、20日後のことだった。

「人は、思想ではなく生活として、主流から主流へと移る。それだけのことだ。」--by 鴻上尚史

70年代のいつころからか、そういう時代になったのだ。そのことに気がついていた人は、76年にロックは死んだと言ったのだ。

2009年2月2日月曜日

international:労働歌じゃなかった

Gallagher & Lyleの「BBC live」を、iPodで聴いていたんだが、「International」という歌に引っかかったのである。というか、以前からとても気になっていたのである。
「インターナショナル」といえば、あの有名な労働歌がまず浮かぶ世代なんだが、実はちゃんと聴いたことはない。ウィキで調べると、歌詞にはまだ著作権があるようなので、まあやめとこう。

で、こっちの「インターナショナル」を調べてみた。歌詞を探すのはけっこう大変だった。そしてわかったのは、これはあのメリー・ホプキンのために作られた曲だということ、ギャラガー&ライルはアップルレコードとソングライターチームとして契約していたことだ。
ふーん、なるほど。
ものすごくゆったりとした、ちょっともの悲しいバラードをイメージしてほしい。メリー・ホプキンの顔を知っている人は、彼女の顔と声を思い浮かべるといいかもしれない。
それにしても、これはラブソングなんだろうか?
(もちろんこっちにも、コピーライトはあるんだけど、ごめんなさいね、無断転載)


International

Hey Jesus,Hey It's me well I've gone international
and become very rational as you decree
Hey Jesus,It's our day,now I can bring them home to you
tho' I may lose out on a few who care to stray

chorus
we'll make them see international
we'll make them be international like you and me


たとえば「きみ」と「ぼく」は国籍を超えたカップルで、まわりのみんなも、ぼくたちと同じように「国際的に」させちゃおうよ、というようなニュアンスを想像するといいのかな?
メリー・ホプキンのファンサイトからゲットした歌詞なのでオリジナルとは違っているかも…
いや、もっと宗教的なイメージを想像した方がいいのかも。
「Hey Jesus」はこの場合誰を想像すればいいんだ? 
ぼくは国際的になっちゃったよ、あんたが命じたままにとっても冷静だよ。

ふーむ。