2012年1月13日金曜日

the poet:別れの手紙


「清冽 / 詩人茨木のり子の肖像(後藤正治)」という本を長いことかけて読んだ。表紙は若いころの茨木のり子の白黒写真だ。
彼女の存在は古くから知っていたし、いくつかの詩は歌(青木とも子や中川五郎の)で知っていた。でも、詩集をちゃんと読んだことはなかった。
茨木のり子の夫は、彼女が50才になるまえに病気でなくなり、こどもがいなかったので、彼女はなくなるまで30年近くひとりで暮らしたことになる。

《戦後あれほど議論されながら一向に腑に落ちなかった<自由>の意味が、やっと今、からだで解るようになった。なんということはない「寂寥だけが道づれ」の日々が自由ということだった。》(「はたちが敗戦」より)
二十歳が敗戦ということは、ぼくの父とおなじ年齢である。

《私は葬儀万般が嫌いである。(中略)
 日々の出会いを雑に扱いながら、永訣の儀式には最高の哀しみで立ち会おうとする人間とはいったい何だろうか?(中略)
 好きな人であればあっただけ行きたくなくなってくる。
 行かないことは、また来てもらわないことでもある。》(「花一輪といえども」より)

彼女の場合、葬儀、お別れの会などのたぐいは何もなかった。死後、甥が「別れの手紙」を、本人の下書きによって郵送、とある。
なるほど。参考になります。