いろんなところで、いろんな人たちに、いろんな音楽がささげられている。
だけど、ささげられた音楽は、ささげられた人たちのものではなく、ささげた人たちのものであると考えなければならない。
ささげた人たちと、その祈りを共有した人たちのものである音楽は、ささげられた人たちにところにまで届いているかどうかはわからない。
わからなくてもいいのだ、ささげることが大事だと思う人もいるだろう。
音楽をささげる人たちと、ささげられた音楽についてかんがえてみた。
何がよくて、何がダメなのか、そういうことを言いたいのではないが、何でもかんでもささげられてしまう、ささげられる人たちにとっては、ほんとうはもっと切実に、他のものが必要なのではないかと思うときもある。
音楽やことばではなく、もっとほかの必要なものがあるかもしれない。
よけいなおせっかいだと思う人もいるかもしれない。
ささげた人たちの祈りとも、ささげられた人たちのおもいとも関係なく、音楽は音楽であるはず。いつもそこにある。それだけでじゅうぶんだと思いたい。
祈りやおもいから自由である音楽に、ピース!