リチャード・パワーズの「われらが歌う時」を読んだ。
上下巻を読み通すのはけっこうきつかったけど、もちろん、これでしか書けないことがあるということなのだろう。
主人公のジョナは1941年生まれのテノール歌手。41年生まれといえば、ボブ・ディランだ。
ボブと同世代の音楽家が、60年代をどう生きたのかという物語でもある、と言える。
ジョナの父はドイツから亡命してきたユダヤ人の物理学者で、母はフィラデルフィア生まれの黒人。
70年代を迎えて、家族は崩壊していく。
作者は1957年生まれ、ぼくと同世代。音楽はこのようにして、「われら」とともにあったのだというひとつの記録として読むこともできる。
ヨーロッパにわたったジョナは、突然古楽に目覚め、1610年以前の声楽曲に力を注ぐ。アカペラのグループを作って、新しい時代を切り開く。
70年代中ごろからの、ヨーロッパでの古楽の興隆というものがよくわかるようになっている。
「帝国主義の時代は終わったんだよ」(下・356p)
そして1992年、ジョナはオークランドにやってきて、
「古楽なんて、もう、過去のものだよ」(下・518p)
「西洋のクラシック音楽は何百万人という韓国人と日本人がしっかり面倒を見てくれるから」
と弟や妹たちに言う。
「何百万人」というのはちょっとオーバーだけど、まあ、あたらずとも遠からず、かな。
