2015年8月16日日曜日

議長はベーシスト:GDP meeting

腰痛は、ハリに1週間通ったらなんとか治まった。貼り薬とサポーターは欠かせないけど、普通の生活はできるようになった。
動けないあいだ、買ったままでほとんど読んでいない、Dennis McNally "Long strange trip(The inside history of the Grateful Dead)"をずっと読んでいた。

一応30年間のフルストーリーなのだが、60年代の記述が半分以上を占める。出版は2002年で、後の方ほど関係者が多くて、書きにくかったのかなと思う。
1984年にGrateful dead productionsに、正式にやとわれ、以後ツアーに同行し、事務所に出入りして、95年の活動停止までを追った伝記である。
1984年のある日のcompany meetingの様子が書いてある(58p)。

参加者合計29名(個人名省く、意訳あり):
bookkeeper(スケジュール管理)、モニターミキサー、スタジオ(クラブ・フロント)エンジニア、スタジオ管理人、デッドヘッズ代表、グッズ販促責任者、チケットオフィス責任者、bookerアシスタント、経理、経営管理アシスタント、バンドメンバー6名、J・ガルシア・パーソナル・マネージャー、ステージスタッフ(ローディ)2名、ステージスタッフチーフ兼社長、弁護士、制作、広報、ロードマネージャー2名、サウンドディレクター、音響会社社長(ゲスト)、トラックドライバー、照明ディレクター。
議長フィル・レッシュ(ベーシスト)。

議題:
・本番中、バックステージが散らかっているので整理整頓してほしい。
・音響機材をデジタル化するには100万ドル必要。
・グッズの売り上げに対して取り分をどれくらいに設定するか。
・「Ripple」を映画「マスク」に使いたいというオファーがあるがどうするか。
・楽曲使用料をいくらくらいにするか。
・デッドヘッズと思われる者に損害を受けたホテルからの訴えをどう扱うか。
・コロラド州の"Red rocks amphitheater"でのコンサートについて。
 JG「みっともないサイドパネルと屋根をなんとかしてくれよ」
など。

本文にはマネージャーという肩書の人が何人か出てくるが、どういうわけか会議には参加していない。おそらく雇われマネージャーみたいなものかもしれない。
社長(Ram Rod。原文は[crew chief,president]となっている)は、crewの中では最古参で、1967年から現場にいる。

日本的な考えで行けば、バンドの会議にトラック運転手まで参加するのは、どうして?とも思えるし、音響エンジニア、照明ディレクターとも60年代からずっと専属で、いずれもプロダクションと直接契約のようなのも日本的には珍しいかもしれない。