古楽になぜ惹かれるのか考えてみた。
キーワードは「親密さ」じゃないだろうか。
その時代、器楽曲の作曲家は基本的にまず演奏家だった。自分が演奏できる楽器で作曲する。印刷された作品集は、まずヨーロッパ各地の演奏家たちが買った。
じっさいにそれぞれの曲が譜面のように演奏されるとき、そこにいるのは、演奏家を雇っている貴族とその家族、その取り巻き、家来ぐらいではなかったか。数にすれば20人から多くて50人くらいか。
バロック後期は、絶対主義の時代でもあるので、フランスなどでは国王の宮廷にはもっとたくさんの人が集まったかもしれない。
あるいは王立の歌劇場などもあったので、そこには数千人の観客が集まったかもしれない。そこで演奏されたのは主にオペラだったが。
ライプチヒの楽長時代、コレギウム・ムジクムという演奏団体を率いたバッハは、「カフェ・ツィマーマン」(Zimmermann は「大工」、ちなみにボブ・ディランの本名でもある)というコーヒーハウスで、協奏曲などを演奏した。その時の客はやはり多くて数十人というところではなかったか。
コレギウム・ムジクムにしても、おそらくおおくて10人くらいのグループではなかったか。ドイツでは、教会以外に市民が集まって演奏を聴くという施設はまだなかったと思う。
ハイドンやモーツァルトの時代になると、交響曲がうまれ、職業作曲家がうまれ、音楽ホールが生まれる。演奏団体もメンバーが多くなる。
そして演奏家と聴衆との親密さは失われていく。
コレルリがトリオソナタを書いていた17世紀の終わりころ、彼の曲を誰が待ちのぞみ、どういう人たちがその演奏を聞き、どんな場所で演奏されていたのか、もっとよく知りたいと思う。