枝豆を大豆と知らず五十年 / 可知豊親
うーん。どう?
50年生きちゃいましたね。どっちみち。
枝豆は大豆だと知ったその日から、あなたの新しい人生ははじまった。その日から、空はみどり色になり、枝豆はあおくなった? うーん、そんなはずはないよね。
自分は何も知らないのだ、ということを受け入れていくのが、老化なのかもしれないと思うこのごろのわたしだが、知らないからこそ、知りたいことがたくさんあると思うことも、今のわたしだ。
知らないことを、知らなくても別に困らないからと開き直って生きていくのも、これからの老後だし、知らなかったのは悔しいから、これからもっといろんなことを知りたいと思うのも、老後なのかもしれない。
わたしは、その後者の「老後」を選択したいと思うことが普通のことではあるけれど、知らないことは知らないと、開き直る「素人としての」老後も決して悪くないのではないかと思う老後もありかもしれない、とも思わないか?
うん、いや、よくわからないですよ、実際には、どんな老後をすごしたらいいのか、そんなことは、よくわかりません、何たって、まだ55才ですもの…




