2011年8月25日木曜日

Phish on video:ぬるま湯的人生のぼくにはちょっとハードなやつら



ひさびさに Phish のダウンロードサイトをチェックしてみた。夏のツアーは一段落したところだ。
お? Live video? Free? いいじゃない。
1日1曲見せてくれるの? いいじゃない。Phish の映像を見るのは初めて。

8/15/2011,Chicago. スゲーェな、こいつら。4人しかいないのに、この音の厚みはどうだ? 
ギターの Trey さん、どっかで見たことあるよな、おお、ドルトムントの監督ユルゲンさんになんとなく似てねえ?
8/10,Lake Tahoe は野外ステージだ。いい感じだねえ。key の Page さんは、ちゃんとグランドピアノだな、よしよし。
うーん、だけど照明のプランはだっさいな、え?

しばらくながめる。4人の中で一番カッコイイのは、ベースの Mike に決定!
もう少し音に隙間が欲しいな、個人的には。どっちかっていえば、ぬるま湯にどっぷり浸かりたいタイプなのさ。

2011年8月24日水曜日

Alles Klar!:ジョッキの目盛り


ドイツ語の勉強をはじめて5ヶ月だ。まだまだ、話すというレベルにはほど遠い。ドイツ語もたいへん。

名詞は文中でもいつも大文字ではじめる。
動詞の活用はスペイン語ほど大変じゃないけど、冠詞の活用が驚くほどたくさんあって、これを覚えるのが難敵。
スペイン語よりは、やはり英語に近い作りではあるが、まるっきり同じではないから、文法はややこしい。
再帰代名詞を使うところはスペイン語に近く、動詞のあとに目的語がくるのは英語っぽい。でもときどき動詞が文の一番最後にくるときもあって、それはどうも日本語的であったりする。
発音はスペイン語より大変だ。母音が特にむずかしい。

でも言葉を少しずつ覚えていくと、サッカーのゲームが深夜11時に始まる国より、ビールジョッキに目盛りが付いていて、そこまでビールが入っていないと、突っ返すことができる法律のあるドイツの方が、なんだか、親しみがわいてきた。

2011年8月21日日曜日

CSNY1973:唯一無比?


先日の Gillian Welch に続き、今度はCSNYの1973年の映像を見せてやるよ、という案内が wolfgangsvault.com から来たので、さっそく見てみた。

"Roll another number(for the road)"を4人でやっている。といっても、ニール君がギター弾いて歌い、スティーヴ君は適当にギターを弾いて、グレアム君とデヴィッド君はときどき調子の外れたコーラスをつける、という程度のもの。
白黒で画像は荒い。



調べてみるとこの日(Oct 4,1973 Winterland,SF)のライブはもともとマナサスのステージで、そのアコースティックセットに、他の3人が出てきた、ということらしい。
客は喜んでいるけど、どうみてもちゃんとリハーサルをしているとは思えないし、仲が良さそうにも見えない。
グレアム君は、ニール君のギターのマイクを直したり、イスを運んだり、気を遣ってる。デヴィッド君は、適当なMCで場をつなごうとしている。
客席は大騒ぎだけど、マナサスのメンバーはうれしくないだろうな。

この年の夏にはハワイでCSN&Yの新しいアルバム("Human Highway")のためのリハーサルをしたけれど、結局はレコーディングまでには至らず。
このあと74年の夏には、CSNYは巨大スタジアムツアーをやった。
そのときの最初のステージを見たローリング・ストーン紙の記者は書いた。
「こいつらは他のどんなグループとも違うってことがはっきりした。-not America,not Bread,not Poco,not the Eagles,not Seals and Crofts,or Loggins and Messina,or Souther,Hillman,and Furay. Not even Manassas or the reunion of the original Byrds.」
ふー。まあ、そりゃそうなんだけどさ。
(余計なことだけど、当時アメリカとイーグルスは、CSNYのマネージャーだった Elliot Roberts とマネージメント契約を結んでいた。)

2011年8月20日土曜日

Wir horen gern Radio:週末はみんなでラジオを


ベルンハルト・シュリンクの「週末」を読んだ。
ドイツの元テロリストが恩赦で刑務所から出てきて、昔の仲間と再会する、という話。
夢はなぜこわれてしまったのか? ぼくたちが失ったものは何だったのか?
まあ、下世話に言えばそういうことだし、そういう下世話な話がオレは好きなんだな。

ブランデンブルグ郊外の古い屋敷に、12人の男女が集まる。途中から13人目が登場するのだが、そいつについては読んでのお楽しみ。
主人公というのは特にいなくて、群像劇、室内劇に近い展開だ。

古い家だから、電気が来てなくて、大統領の演説をみんなでラジオで聞く、というシーンが出てくる。
「まいにちドイツ語(ドイツ語、基礎のきそ)」というNHK語学講座によれば、ドイツでは朝のテレビは前日の再放送をしていことが多く、ほとんどの人はラジオを聞いているんだそうだ。
テレビをつけっぱなしにして、一日を過ごすのは、アメリカ人と日本人くらいなのかも。



言葉を覚えるということは、その国の習慣を知るということでもある。
ドイツ人の多くは、寝るとき横向きだそうだ。仰向けに寝る人はほとんどいないらしい。ふーむ。
(タイトルのドイツ語ふたつめの単語の"o"は、ホントはオーウムラウトで、○の上に点がふたつ乗っている文字なんだけど、それを表示しようと思うと、別の文字がうまく表示されない可能性があるので、このままに。発音は「ヘーレン」に近い。ちなみにサッカーのドイツ代表監督の名前"Low"の o も同じ文字。)

2011年8月19日金曜日

Castle in the sky:ラピュタの雲は今どこに?

先日ひさびさにでっかい入道雲を見た。
ラピュタの城は今ごろどこをさまよっているんだろう?

「天空の城ラピュタ」を見たのは、86年の8月だった。
カミサンのオヤジさんが亡くなったすぐあと、ぼくらは犬山のアパートに引っ越して、そこで暑い夏を過ごした。
長男を連れて、3人で名古屋の映画館まで「ラピュタ」を見に行ったのだ。
「ナウシカ」はもう見ていたと思う(たぶんテレビで。調べてみると85年4/5に初回放映とあるからきっとこれを見た)。



映画館を出たあと、ぼくらはものすごく興奮していたと思う。暑かったけれど、空ばっかり見上げていた。どこかにラピュタの雲があるんじゃないかと。

あの夏、フリーコンサートは企画の途中で頓挫した。ぼくにできることは何も残されていなかった。運送会社の面接に行ったりした。
でも結局、ファッションショーの雑役で拾ってもらって、そっちの世界にだんだん入っていくことになった。

La puta と書くと、スペイン語圏では使えない名前となるため、タイトルが変更されたと Wikipedia にあった。なるほど。
Hijo de puta といえば、英語の SOB だものな。

2011年8月17日水曜日

He's leaving home:水曜の朝午前5時じゃないけれど


今から40年前の8月、毎日朝から晩までビートルズの"Sgt.Pepper's"を聞いていた。アルバムが出てからもう4年が過ぎていたが、あとから思えばきわめてリアルタイムに近かったとも言える。

あのころよくレコード交換をしていた隣のクラスの女の子には、このアルバムはあまり好きじゃないと言われてしまった。
それより今はこのサウンドよ、と言って貸してくれたのがCSN&Yの"4 way street"だった。

長男がアパートを借りて、彼女と暮らすという。いろいろ家具を揃えたようだが、自分で使っているタンスや棚は持っていきたいというので、トラックに乗せて運んでやった。

デッドを聞きながら運転席に座っていると、デッドの音楽とはぜんぜん関係なく、"Sgt.Pepper's"の"She's leaving home"が浮かんできた。

水曜日の朝午前5時、一日が始まろうとするとき
ベッドルームのドアを静かに閉めて
もっと言いたいことがあったけれどという書き置きを残し
彼女は階段を下りてキチンへ行く
ハンカチーフを握りしめたまま
裏口のキーをそっと回す
外へ出れば彼女は自由


家出の歌だ。
取りたてて言うほどのこともない歌ではあるが、14才の時に聞く歌としては、それなりにインパクトはあっただろう。
いつまでも家出の歌として記憶されている。家出とはこうするべき、みたいな。

だが、長男は家出したわけじゃない。
家出を勧めたことはあるけれど、それとこれとでは話が違う。
トラックにタンスを積みこんで、彼女と暮らすために、家を出るんだ。
うん、なんだか悪くないじゃないか。


2011年8月15日月曜日

Morning dew:非正統デッドヘッズ



少し前に携帯をスマートフォンに替えて、Evernote というアプリを入れている。メモ、写真、ネットのクリップなど何でも取りこんで、クラウドでどっかに送っちゃうというソフトだ。要するに、スマホ本体に写真を保存してないので、クラウドのどっかに保存されているデータをPCで受けとることができるということ。PCとケーブルでつないだり、SDカードを取り出したり、みたいなことが必要ない。
それだけのことだけで、ブログに写真を入れてみたくなる。

何日か前、いつものように5時前に起きると、いつもとは少し違う朝焼けだった。どこがどう違うのか、うまく説明はできないけれど、わずかに色合いが赤みを帯びていた。
我が家の勝手口から出てすぐ、東むいて、スマホで写真を撮ってみた。

"Morning dew"は、Jerry が歌ううつくしいバラード。
ジャム演奏の長大な曲が続いたあとに出てくる、クールミントのような歌のひとつだ。このパターンに属している曲は他にもいくつかある。
"Stella blue"とか"Days between"とか。

デッドのショーに関しては、長大なジャムがつながるセット2より、短めの歌曲が連続するセット1の方が、個人的には好みである。
セット2のドラムソロ(ギターやキーボードはお休み)や、"Space(ドラムの二人は休憩)"は、たいがいとばして聞いている。
そういう聞き方は、正統デッドヘッズからは、非難されるかもしれないけど、いいのだ、別に。

2011年8月12日金曜日

He's gone:命日の特別の贈り物


8月9日は、ジェリー・ガルシアの命日である。
その日の午後、Grateful Dead の"Road trips vol.4,No.4,Spectrum(Philadelphia),4/6/1982"が我が家のポストに届いた。
偶然とはいえすばらしい。
8月2日に発送しましたよ、というメールが来ていたけど、カルフォルニア州の Redwood city から、岐阜県まで12日間かかるかも、とあったので、お盆のころかなあ、と考えていたら、いやあ、どんぴしゃで。

80年代のデッドである。
デッドはその歴史を通じて、トータルで53回ものショーをこのスペクトラムというホールでやった、と解説にある。最初が1968年12月だもの
(スペクトラムは、プロバスケットの 76ers のホームで、2010年に取り壊された)。

80年代である。
だけど、いつもとぜんぜん変わらないデッドが、そこにいたわけで。
デッドがまだ、メガスタジアム時代に突入するちょっと前。たぶん、個人的には、一番好きな時代なのかもしれない。
ジェリーの命日には、デッドの新しいアルバム聞いて。
申し分ありません。


Gillian Welch:わたしが誰だかだれも知らないの


最近の wolfgangsvault.com は、ビデオのアーカイブも充実してきた。
このあいだ見たのは、Gillian Welch の"Newport Folk Festival (Newport, RI) Aug 3, 2008"という映像。全部で10数曲というちゃんとしたライブだ。
パートナーの Dave Rawlings とふたり、マイクの前に立ち演奏する。当たり前だがシンプル。他にはなにもない(他の出演者の楽器は並んだままだが)。

Gillian Welch はもちろん良いのだが、ソロアルバムを出した Dave 氏も、なかなかのものである。ギターが良い、コーラスも良い。



ナッシュビルからずっとクルマで走ってきました。みたいなコメントも、なんだかフツーのシンガーだよね。

客席がときどき映るけど、ちゃんと聞いているのは、50人もいないような感じ、たぶん。ざわざわとした客席に向かって歌うは、正統アメリカン・トラディショナル・フォークだ。
"No one knows my name"という歌が、この映像にはぴったりかも。

2011年8月8日月曜日

Music never betray me:8月の国の住人


仕事の帰り、FMを聞いていると、Timothy B. Schmit の "So much in love"(1982) が流れてくる。
8月、フリーコンサート、名古屋の街、ミーティング…。様々な映像が一瞬にして流れてくる。
コンサートが始まる前のワクワク感が胸を満たす。
コンサートに行くことが楽しくて仕方なかった。コンサートをやることが何物にもかえがたい喜びだった。

あれから30年近く経って、今のぼくはコンサートの現場からはひどく遠いところにいる。みずからそういう選択をしたのだから、今となっては言うべき言葉はない。ただここにいるだけだ。

いまはまだ同窓会に参加する気にはなれないし、たぶんこれからもないかもしれない。
オレは自閉症なんかなあ。