2010年5月20日木曜日

no represent:ことばの海

「1968」を毎日少しずつ読んでいるけど、やっと150ページくらいまで来たところ。関係者、当事者はもちろん、マスコミからの引用も多いので、ある意味「神話」はどのように作られていったのか、という検証作業でもある。
60年代後半、大学進学率は15%くらいで、その大学生のほとんど8割はノンポリだったことを考えれば、そもそも「全共闘世代」というくくり方がまずおかしいのではないか、という問題提起から、この本は始まる。
あるいは「ビートルズ世代」というけれど、当時、ビートルズを聴いていたのは、クラスでひとりかふたりだけ、あとは橋幸夫と舟木一夫だったという証言もたくさんある。
前にも書いたけれど、これは歴史研究の論文だ。当時を語ることばをひとつひとつ検証していく。本当に「文化革命」があったのかどうか。

それはたとえば、アメリカ人はみんなロックが好き、という幻想と同じようなもので、団塊の世代というのは、みんなビートルズが好きで、ゲバ棒もってデモに行ってた、というのも単なる神話なんだよ、ということかもしれない。

蓮實 重彦のことばが印象に残った。当時東大の教員だった彼には、全共闘のやっていたことは時代遅れの祭典にしか見えなかったと、90年代になって雑誌に語っている。そのときのタイトルがこれ。
「なにものによっても『代表』されないし、またなにものをも『代表』しない」。
この人は結局東大総長になるけど、今は映画評論家。嫌いな監督はデヴィッド・リンチ、リドリー・スコット(wikipediaより)だって。