2009年1月31日土曜日

A perfect day to boil beans:豆を煮るにはうってつけの日

雨だ。どういうわけだか仕事も休みだ。うれしい。午前中に勉強をとっとと終えて、午後は久しぶりのネット遊び。
アマゾンで息子に頼まれていたアルバムを注文し、ついでにdead tributeのアルバムを中古でオーダー、先日NHK-FMで聴いたサント・コロンブというフランスの作曲家のCDも頼んだ。アマゾン遊びも久しぶりで、やっぱりあれもこれも見ないようにはしているが、デッドのコーナーはひととおり全部見た。たくさん出てますねえ、これは老後の楽しみというやつです。

合間を見つけてストーブで大豆を煮る。今シーズン2度目。先週1瓶分はもうやったのだ。手前味噌のストックはだんだん溜まってきて、いま食べているのは07シーズンに作った1瓶目で、あと3瓶+今年作った1瓶がいまあるわけだ。1回にどれくらい作っているのか、実はちゃんと測ったことがないのでよくわからないのだが、たぶん5キロくらい? もっとあるかさすがに… 今度測ってみるつもりだけど。

ここまで昨日書いておいたら、今朝もうアマゾンからCDが届いた。恐るべし。
コロンブのアルバムは弟子のマレの作品の方が多かった。ぜんぜん悪くないけど。

2009年1月26日月曜日

Hard to remember:コンサートの警備員

Deep Purpleの「Highway star」が、ラジオから流れてくる。radio-iのある特定の時間には、他にもZeppelinやCream、Yesなどが頻繁に流れる。たまたま仕事でトラックの運転席にいる。「Highway star」のころの、ディープ・パープルのメンバーが言えるかどうか、考えてみる。
イアン・ギラン、リッチー・ブラックモア、ジョン・ロードまではすらすら出てくるが、ベースとドラムは少し考える。ロジャー・グローバーの名前が頭に浮かんでくると、イアン・ペイスもすぐにやってきた。
これはなんだろうと考える。法律用語を覚えるのには四苦八苦しているのに、16才のころに聴いたバンドのメンバーはすらすらと言えるのだ。おかしくもなんともない話かもしれないが、考えてみればそのころのイエスのメンバーだってすらすら言えるし、オールマン・ブラザーズ・バンドだって、言える。

うーん、じゃあロキシー・ミュージックはどうだ。デビュー盤は持っていた。行くぞ。ブライアン・フェリー、フィル・マンザネラ、ブライアン・イーノ… ここまでか。降参。調べてみる。アンディ・マッケイ、ドラムとベースはメンバー交代が激しくよくわからない。「Avalon」のころはフェリー、マンザネラ、マッケイの3人にセッション・ミュージシャンという形になっていた。Andy Newmarkのドラムはよかったね。
83年2月には日本に来たと書いてある。あれ? これって、名古屋市公会堂で見たような気がするなあ。客席警備員でならただで入れてやるぞという人がいたんだね。警備員は前を向いちゃいけないことになっているから、音だけ聞いて、ときどきふり返ってステージを見ていたんだと思う。「Avalon」の曲もやったはずだけど、全く記憶がないな。

2009年1月21日水曜日

Endless highway:リチャードの魂

「the music of The Band」をしばし聴く。アレンジはオリジナルにきわめて近い。だけどひねりがない分、楽曲の良さが引き立つのだ。
おすすめはJakob Dylanの「Whispering pines」だ。しみじみといい曲だ。プロデュースはジョー・ヘンリーだと。なるほど。リチャードの歌も素晴らしかったね、ホント。

Widespread panicの「Chest fever」もなかなか。このバンドのライブは、ネットで簡単に手に入るから、一度聴いてみたい。
My morning jacketの「It's makes no difference」もいい感じだ。こっちのバンドにも興味津々。
panicも、jacketも、いわゆるジャムバンド系だな。うん。

2009年1月19日月曜日

overplay:Deadにシンセは似合わない

"Road trips vol.2 no.1 MSG September '90" というデッドのライブをホンモノで(つまりジャケットとCDがついているアルバム)買った。発売してすぐだったので、オマケのCDもついて3枚組。12月24日に届いた。やってくれるじゃないかと、ひとりで感激していた。
それまでいたキーボードのブレント・ミドランドが死んでしまって、代役にとりあえずブルース・ホーンスビィが入って、新しく決まったキーボードのVince Welnickも急きょ参加というあわただしい時期の、Madison Square Gardenのライブだ。

ホーンスビィのピアノはぜんぜん問題ないのだが、ウェルニックのキーボードが耳につく。主にシンセを弾いているようで、どうもこのごろこいつがぜんぜんダメなんだ。うるさいし、うそくさい。どんな音も出せるなんてのは、まがい物の象徴じゃないか。

もちろんバンド全体としては何も問題はない。72年のライブと比べれば、その円熟味は歴然としている。
少し前に本屋で見つけた「スケルトン・キー(A dictionary for Deadheads)」で、ウェルニックを探してみる。弾いているのはシンセではなく「MIDIキーボード」になっていた。なるほど。
「(ステージで)演奏していないときが一番重要なんだ。聴くことが何より重要だなんてバンドを、私は経験したことがなかった。今何が起きているのかを知って、演奏をしすぎないことだ。」という彼のコメントがのっていた。なるほど。

だけど、9月18日のMSGでのショーのアンコール(たぶん)「Knockin' on heaven's door」での、ウェルニックは明らかに演奏しすぎている。

2009年1月15日木曜日

Jenny's story:彼女はフォークシンガー

久しぶりに「フォレスト・ガンプ」を見た。むかし見たときとかなり印象が違っていた。最初に見たときは、少し斜めに構えていたような気がする。トム・ハンクスだぜ、ゼメキスだってよ、みたいな。音楽もヒットパレードみたいだし、さ。

60年代、70年代を彼らはどうやって生きのびてきたのか、というような話なんだな、これはじつは(早く気がつけよって、か)。
膝から下がないゲーリー・シニーズの怪演に降参。
見終わってからあれこれ考えてみると、ジェニーの物語をもっと見てみたかったな、という不満がふつふつ沸いてきた。フォレストがベトナムで戦っているあいだ、ジェニーはヒッピーやってたんだよね、あそこがツボだよ。

2009年1月14日水曜日

charisma:大分トリニータ

朝日新聞の土曜版に大分トリニータの社長が登場。この人の物語は以前「サッカー批評」という雑誌で読んだ。
カリスマがいなくては組織は成り立たない、あるいは大きく飛躍しない、みたいな論調ではある。
だけど、カリスマであるがゆえに、いなくなれば組織は崩壊していく。

どん底を味わったからこそ今がある、という論調のあやゆさを検証してみたい。
IT企業の社長の物語には必ずついてまわるようなストーリーだ。
どん底を見る前に回避することが、普通は求められていることかもしれないのに。
FC岐阜にはカリスマがいなくて結構じゃないか。10年かけて地道に育ってよ。

2009年1月12日月曜日

Dios es Argentino:アトレチコと成人式

その共通項は…紅白幕だ。
バルサTVで国王杯の16ラウンド1stレグ、フエラでのアトレチコ戦をやっていたので、少し見ていた。
アトレチコのカーサ「ビセンテ・カルデロン」は、フェンスがシンボルカラーに塗られていた(いや、あれはやっぱり紅白幕か)。いつもこうだっけか? いや、違うような気がする。それはまるで日本でよく見られる光景だ。入学式、卒業式、起工式、それに成人式だ(みんな式がつくんだな)。
なじんでいるような、違和感があるような、妙な浮遊感でぼんやり見ていると、いきなりメッシのゴールだ。すかさず客席の「Dios es Argentino」という断幕を、カメラが抜いていた。ゲーム開始前から、カメラマンはそれをねらっていたのだろう。
「神様はアルゼンチン人だ」。それは、ディエゴのことか、リオネルのことか、はたまたクン・アグエロのことか… そういえば、この日クンは出ていなかったな。

2009年1月9日金曜日

Time after time:ブログのアップが…

ブログのアップができていない。いいわけをいろいろ考えていたのだが、まあなんというか特にこれということでもなく単に時間がないというひとことにつきる。

ずいぶん前から行政書士の資格を取るための勉強をしている。
去年の11月に3回目の試験を受けてまだ結果の発表はないのだが、自己採点をしてみるとあとほんの少し合格ラインに達していないように思えるので、くやしいからもういっぺん挑戦しようと考えて、勉強をまた始めた。試験は1年に1回だ。
もうあとがないので、こうして公言して後戻りできないようにしようなどと考えながら、仕事中にぼんやりラジオを聞いていたら「Time after time」が流れてきた。歌っていたのは新しい若いバンドのようだったが、歌い出しでこの歌だとわかった。「何度でも何度でも」っていう歌だよ(たぶん)。

50を超えてアタマの中のものは確定的に退化を進行中であるのだから、20代や30代の若者たちと同じペースで勉強がはかどるとは思っていないのに、時間の流れだけは同じなので、やっぱりどこかあせっているに違いないと思う自分に、また不安になったりする連鎖は動き出すと止まらないので、time after timeテストを受けて、まあときには「sometimes I cry」して、ぼつぼつとやっていくしかないと思っている今日このごろではある。