2009年12月14日月曜日

stories we could tell:昔話をするために

雨の土曜日。先日亡くなったT君を「楽しく送る会」があった。集まったのは、ぼくを含めて5人(+T君の奥さんと息子)。
高槻と高山から来る古い友人を迎えにJR岐阜駅へ行った。駅前の回廊とつながってずいぶん立派な駅になった。
高山からの客人は、以前とずいぶん印象が変わっていて、わからなかった。高槻からの客人は昔と変わらず、ひょうひょうとしていた。

ぼくたちは昔話をした。とてもよくできた息子はぼくらの話に辛抱強くつきあってくれた。
ぼくはすぐに酔っぱらって(案の定)、ソファで寝ていた。

ぼくたちは、T君が奥さんと出会う前からのつきあいだ。逆に最近のT君のことはほとんど何も知らない。
ぼくたちは昔話をするために集まった。ぼくたちが語るべきストーリーを持ちよって。
T君は、壊れた目覚まし時計を鳴らしながら、ぼくらのあいだを漂っていた。

それから。
親方のお見舞いに行った。元気そうだったが、縫合した場所に、うまくつながっていないところがあって、まだしばらくかかるということだった。

仕事はときどき、ひとりでしている。それ以外は、家でいろんなことをしている。
仕事も、仕事以外で家のことをしているときも、やっていることはほとんど何も変わらない。
剪定、掃除、ちょっとした修理、家具の配置換えなど。
百の仕事をするから「百姓」というのだという説もあるけど、便利屋も「百姓」みたいなもんかも。