2009年6月18日木曜日

the telephone box:屋根は備前焼

このごろときどき新聞に投稿された短歌のコーナーを読む。いままでそんなものには全く興味がなかったのに、これも老人性多趣味症の(?)なせる技か。
読んでみるとおもしろい。短歌とはこんなことを書くのか、と。こんなことを歌うのか、と。


岡山県和気郡日生町の交差点電話ボックスの屋根は備前焼  /成田公一


なんだかいいじゃありませんか。とってもホットな感じです。やっぱりこの電話ボックスの屋根は赤いんだろうか(備前焼の知識がないとおもしろみがわからないのかも)。
こんなのもあり。


旧かなの名歌ワードで貯めるとき文語のあたり五月蠅き波線  /吉竹純


これはね、オートコレクトってのをはずしてしまえばいいんだけど、そんなのがついているからワードは嫌いなんだけど、そうかあ、やわらかいね、この歌は。
こっちもワードの表示には波線が現れる、という知識が前提になっているのだな。
ふーん。なるほど。

季語のない、自分の感情をあらわさない、そんな歌もたくさんあるのだ。
ところで短歌には季語はいらないんだっけ?