朝日新聞の土曜版に大分トリニータの社長が登場。この人の物語は以前「サッカー批評」という雑誌で読んだ。
カリスマがいなくては組織は成り立たない、あるいは大きく飛躍しない、みたいな論調ではある。
だけど、カリスマであるがゆえに、いなくなれば組織は崩壊していく。
どん底を味わったからこそ今がある、という論調のあやゆさを検証してみたい。
IT企業の社長の物語には必ずついてまわるようなストーリーだ。
どん底を見る前に回避することが、普通は求められていることかもしれないのに。
FC岐阜にはカリスマがいなくて結構じゃないか。10年かけて地道に育ってよ。